メッセージをどうぞ




我が家における夫の役割は多様です。そのうちの一つがコーヒーと夕方の紅茶を いれることです。私は夫がメリタでコーヒーを作ってから起きて、コーヒーと菓子パン の朝食を取ります。

今朝も夫にサーヴされたコーヒーを飲みながら「チーズ蒸しケーキ」を食べていると、 これもいつもどおり夫が私に聞きました。

夫:   もう一杯ですか。
私:   はい。
夫:   この上ですか。
私:   お願いします。

私は猫舌なので、すぐに飲みたいときは、まだコーヒーが残っているカップの中に 熱いコーヒーを注いでもらいます。だから「この上ですか」は「注ぎ足しますか、 それとも新しく入れましょうか」の意味ですけど、これは正しい日本語表現なのでしょうか・・・ 通じればいいって感じの会話ですね。

それはさておき、この会話の英語バージョンは:

M:    More coffee?
S:     Yeah.
M:    Do you want me to top it off?
S:     Please.


top it off が使われていますが、 この言葉は元々「ガソリンはまだ充分あるけれど、ガソリンスタンドに行って 満タンにしてもらってくるよ: I’m going to the gas station to top it off.」 みたいな感じで使われる表現でした。

でも1973年の第1次石油危機のとき、アメリカでも、車にガソリンを不要に補給して満タンにすることに批判がおこりました。 そのときに政府関係者やマスメディアなどによって使われた表現が Not to top their tanks off. そこから派生して  top it off は次第に、飲み物を注ぎ足すといった意味でも使われ始めたようです。

ガソリンスタンドで補給をお願いするときには top it off は使いません。 fill it up です。レストランなどで、もっとコーヒーが 欲しい場合の言い方の一つに May I have more coffee? がありますが、お代わりが欲しい (カップにほとんど残っていない)ときには refill を使って、 May I have a refill? という言い回しもあります。 top it off は、親しい間柄で 使う言葉ということもありますし、間違った使い方をしないようにご用心を。

10/14/2013



セロひきゴーシュです。なにかとても哲学的なタイトルですが、 それほどの事ではなくて、英語と日本語の間の感覚的な違いについての 個人的感想です。

ブロードウェイでロングランを続けた「屋根の上のバイオリン弾き」
(原題 Fiddler on the Roof )というミュージカルがあります。
日本では今も日生劇場で上演されています。
私は故森繁久弥主演のときの全国公演のステージを名古屋で観ました。
劇中歌われる Sunrise Sunset は、単独で演奏されることもある名曲です。

さて愛についてですが、ユダヤ人部落に住む貧しい牛乳売りテヴィエは、 ある日、台所で忙しくしている古女房ゴールデに問いかけます。

"Do you love me?"
ゴールデは半ば呆れて、今更なにを....とまともな返事をしませんが
何度も繰り返される
テヴィエの "Do you love me?" "Do you love me?" に、

「そうだねえ....25年間共に働き、共に飢えてきたわね、おまえさんの服を 25年間洗い、一緒に子どもを育ててきた........」
と歌い、そして最後につぶやくように歌います。
"I supose I do."

とても感動的なシーンです。

楽譜がここに書けないので残念ですが、"Do you /love me?" は、1語1音 で ソドー/レミーと三拍子のフレーズ。ぴったりとはまっています。

ところで 日本版では、森繁久弥は
「愛してるかい?」と歌います。「あいしー/てるかい」となるのですが、 どうも違う感じなんです。1音に無理に言葉を載せているだけの違い ではなくて、「 Love 」と「愛」との違いもあるように思います。
この曲では、何度も繰り返し「あいしー/てるかい」が出てくるので だんだん「違う感じ」が積み上がっていった記憶があります。

日本の歌謡曲やポップスでは、やたらに愛が出てきてしまって、 日本語の「愛」はなにか安っぽく、手垢のついたことばに感じます。
万葉時代から愛の字はありましたが、明治になって英語が入って きたとき、love の訳語に困って、愛 の字をつけてしまったので はないかと思います。love のような、いろいろな精神的・宗教的 な内容を含んだものを一語で示す日本語は無いように思うのです。
もちろん、日本人がそういう心を持たないということでは全くありません。

それはそれとして、森繁版の「屋根の上のバイオリン弾き」の公演は 素晴らしいものでした。悲劇的な終結にもかかわらず、見終わって、 自分が力づけられたステージはあれが最初でした。
機会があればまた観たいものです。

10/06/2013




英語と私は、中学から始まっておつきあいは長いですが
セロ弾きゴーシュさんやライラックさんとはまた違って
仕事や日常生活に必要な手段という関係でした。

そのせいか、英語で思い出すことは中学校での最初の授業 −
厳格な先生、彼のきれいなイギリス英語、そして発音記号のこと。
今日はそんな、私の英語原体験をお聞きくださいね。

英語は口全体、舌や歯や唇を使って音を出します。
発音記号とは個々の音に対する発声のし方といえるかも知れません。
中学校での最初の英語の授業は、その発音記号の勉強でした。
黒板の発音記号と先生のお手本に従って、私たちは声を出しました。

英語には日本語にない音も多いですし、私には初めて接する英語です。
記号を読み、音を聞き取り、口の形を整えて音を出すことは大変でした。
でも正しい発音をしないと容赦ない先生で、私は涙が出るほど怖かったです。

今はCDを使って耳から入る英語の学習法ですね。
でも当時はテープですら一般的でなかった時代でしたから
声を出す練習に、発音記号は不可欠なものだったのでしょう。

こうして学んだ発音記号は、でも私にとって貴重なものとなりました。
読めない単語があると、今でも私は発音記号で確認します。
「アクセントの問題」は、思い込みでチェックを怠った例です。

怖かった先生も、思い出になってしまえば懐かしいです。
最初の1年だけでしたが、教えていただいたT先生には感謝しております。

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「セロ弾きゴーシュ」さんが虹を見たそうです。
9月25日の夕方、日没直前に大きな虹が出たとのこと。
心躍らせたセロ弾きゴーシュさんは、思わず
My heart leaps up...... とあの詩を口ずさんだとか。
セロ弾きゴーシュさん、すてきですね。

10/03/2013




今日も皆さまに新しいゲストをご紹介できて、とても嬉しく思い ます。今も英語を楽しんでおられるライラックさんは、多くのすてきな思い 出をお持ちです。彼女の記事を読んで、私の眠っていた記憶が呼び起こされ、 懐かしい思い出がよみがえってきました。


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はじめまして

ゲストのライラックと申します。ライラックの花言葉は『想い出』『友情』です。 徒然草ではありませんが、心に浮かぶよしなしごとを想い出話を交えながら 折々の思いを綴り、時々お邪魔したいと思っています。
今日この頃と比べながら、遠い昔にも思いを馳せていただければ嬉しいです。


                                  はじめての英会話

私は中学校・高等学校・大学と10年間も英語とお付き合いをしました。自慢ではあ りませんが、その間一度も英会話の授業を受けたことがないのです。当時の英語の 授業は文法と英語を読んで日本語に訳すことが一般的だったと思います。
ことに大学ではひたすら先生のお気に入りの作家の小説、エッセイ等を読んで訳す という授業で、作品の一部を抜粋した小冊子のようなものを使って、オーヘンリー、 ヘミングウェイ、エミリー・ブロンテ、グレアム・グリーン等々の作品を辞書と 首っ引きで読んだように記憶しています。

今から十数年も前のことです。そんな私がひょんなことから娘・孫と親子3代そろ って英会話スクールに同時に入校することになったのです。英会話を習うなどとい うことはその時まで全く考えたこともありませんでした。
私と娘は同じクラス。クラスメートは親子ほど年の離れた若いママさんたち5人で した。

“Nice to meet you.”

『ええっ!こんな英語聞いたことがない!はじめましては “How do you do?”じゃな いの? “How about you?” ううん、これも何となく意味はわかるけど、聞いたことがない。??』
ある時 “Do you have ××?” の様々な答え方を勉強した時のことです。
私が「 have が持っているという意味の時には “Have you ××?” と中学校で習ったし、教科書にもそのように書いてあったと思います。」と言ったら、 先生に「そんな英語聞いたことがない。あなたの英語は16世紀の英語です。」とからかわれ、 みんなで大笑いしたこともありました。

絶対私の記憶に間違いがないと確信はしていたものの、英語から離れて30年以上。 確固たる自信はありませんでした。
それから何年か経ってネットで検索してみたら、私の記憶違いではないことがわか ったのです。
私が中学生の頃はイギリス英語が主流だったのです。
今ではイギリスでも “Have you a pen?” とはあまり言わず、 “Have you got a pen?”   “Do you have a pen?” と言う人がほとんどとか…。言葉が時代と共に変化するのは各国共通のようです。

びっくりマークの連続から始まった私の英会話のレッスン。
「あなたの英語は間違っていないけど、話し言葉としては不自然です。」などと先 生に言われながらも、少しずつ会話ができ、聞き取れるようになったことが嬉しく てたまりませんでした。
何故か訳も分からない英語をただひたすら聞くのが大好きで、ネイティブ スピー カーの英語は私の耳に音楽のように心地よく、ラジオ、テレビ、ビデオ・ウォーク マンと英語漬けの日々が始まり、分からないなりに字幕なしで映画を(ビデオ) 楽しんだりしたのも、今では懐かしい思い出となりました。

09/25/2013



先日セロひきゴーシュさんにお会いしたときのこと。 話の流れで、彼は英詩を暗誦してくださいました。 私は感動し、その詩に関する記事を書いてくださいとお願いしました。 望みが叶って、今日皆さまにそれをご紹介できることを嬉しく思います。

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セロひきゴーシュです。おじゃまします。

Chatter さんの「英語アラカルト」を、 興味ふかく読んでいます。
英語を、いろいろなとらえ方で見ているところが素敵だと思います。

Leap Again を見たとき、私はとても懐かしい言葉に出会った気持ちでした。
私のこどものころに、虹をみたとき、母は私に英語の詩を教えてくれました。母は女学校の英語教師 だったことがあるのです。

それは イギリスの詩人ワーズワース(William Wordsworth)
"The Rainbow" という詩で

 My heart leaps up when I behold a rainbow in the sky
と始まります。 たしか私は5,6歳ころで、英語については何も知りませんでしたが、ことばのリズムが面白くて、この最初の一行だけを何度も繰り返して言っているうちに覚えてしまいました。
ことに leaps up というところが好きだったように思います。
 中学生になって、英語を習うようになってから改めて続きを覚えて、全部を通して暗唱できるようになりました。

 母は、深い意味があってこの詩をこどもの私に教えたわけではなかったと思います。 でも、この詩の意味を理解できるようになったとき、私も生涯を通じて、美しいものに感動できる柔軟な精神を持ち続ける人でありたいと思いました。
母は10年まえに94歳で亡くなりましたが、私は、自身が年老いたいまも虹を見ると My hart leaps up....... と口ずさむのです。
そしてそれができることを嬉しく思います。


The Rainbow

William Wordsworth


My heart leaps up when I behold
         A rainbow in the sky:
So was it when my life began;
So is it now I am a man;
So be it when I shall grow old,
         Or let me die!
The Child is father of the Man;
I could wish my days to be
Bound each to each by natural piety.



「虹」

ウィリアム・ワーズワース

空にかかれる虹みれば
わが心は躍る
幼きときも かくありき
人となりし今 然り
老いぬるときも また然らん
        然らずんば死をこそ望め!
おさなごは成人の父ぞ
されば我が日々の
自然への畏れで結ばれんことを


(注)この文語体の和訳は、セロひきゴーシュさんが明治生まれのお母様から教えてもらったものだそうです。


09/19/2013








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