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    メッセージをどうぞ



今年も後2日を残すのみとなりました。
皆様、お正月を迎える準備はいかがですか?

「年末大掃除という概念は、日本人のDNAとして私の内に組み込まれている」

なんて、それは幻想であり、個人の資質(私=怠け者)が DNA に勝ったという現実に唖然としている最近の私ですけれども、 それはさて置き、今年を振り返ってみますと・・・

このブログ開設は最大の出来事の一つです。
手作業が大の苦手で、お裁縫とかガーデニングとかできないそんな私が、 思いもかけずこのブログのページ作りを楽しんでいます。

いつも助けてくださった「やろまいネット幡豆」のメンバー、
記事を書いてくださった方、 そして読んでくださっている方。
これは、皆様のおかげで手にした喜びであると、心より感謝しております。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

Have a Happy New Year!  よいお年を。

12/29/2013




お久しぶりです。ライラックです。
もうすぐクリスマスですね。そしてお正月。歳のせいか月日の経つのが早いこと!
『光陰矢の如し』です。

でも、よく考えてみますと日本人って面白い民族だと思いませんか。 クリスマスをお祝いしたかと思うとお正月には神社に初詣で。 そして五穀豊穣などを願い感謝する氏神様のお祭りを楽しみ、 お彼岸やお盆には先祖供養のためにお寺やお墓詣りに行く。
ほとんどの日本人は何の違和感も疑問も持たずに、キリスト教、神道、 仏教と臨機応変にこれらの行事をうまくこなしているのですから。 他民族の人たちには考えられないことかもしれませんね。

かく言う私も実はその一人でした。私が小学校の高学年ぐらいの頃には、 世の中も戦後の混乱から少しずつ落ち着きを取り戻し、 ラジオからクリスマスの音楽が流れるようになり、 何となく街にも活気が感じられるようになっていました。


そんなクリスマスイヴのある夜、父がどこからか古びた讃美歌の本を探し出してきて、
「家でもクリスマスをやろうか?」と言い出したのです。
クリスマスをやろうというのは讃美歌をみんなで歌おうということでした。
両親には賀川豊彦の自伝的小説『死線を越えて』などを読んだことから、 その考え方にじかに触れてみたいとの思いがあり、 東京の上北沢の彼の教会にしばらく通った時期があったようなのです。

最初はクリスマスの歌を教えてもらって、みんなで歌いました。
そのうちに母がページをめくりながら「あれも知ってるわ。これも知ってるわ。」 と言いだし、次から次へと讃美歌を歌いだしました。すると父も一緒に……。
毎日の生活に追われ、歌うこと等全く忘れていた母にはこの時がよほど楽しかったらしく、 歌のあとはしばらくキリスト教談義と父母の想い出話に花が咲きました。
二人とも嬉々としていたこと、 そして私たちもクリスマスの歌をたくさん教えてもらったことなどが妙に嬉しく、 あの時の父母の楽しそうな顔がクリスマスの頃になると、今でも懐かしく想い出されます。

そして次の朝はまたサプライズが…。私たちの枕元にプレゼントが置いてあったのです。 物心がついてからの初めてのクリスマスプレゼントでした。
多分父が描いたのでしょう。 お世辞にも上手とは言えないトナカイとサンタクロースの絵が描かれた手作りの小さな紙袋に、 消しゴム付きの赤と黄色の縞模様の鉛筆が3本、ちょこんと入っていました。
父が出張の折に大きな文房具屋さんで買い求めたものだとわかりましたが、 こんな上等できれいな鉛筆は今まで見たことがありませんでした。 鉛筆はピカピカ光っていました。
私は使うのが勿体なくて、しばらくその袋のまま大事にしまっておきました。

今では考えられないようなたった3本の鉛筆の贈物でしたが、 当時は鉛筆とて貴重品でした。
小さくなれば鉛筆サックという物をはめて、もう削れなくなる限界まで削って、 大事に大事に使ったものです。

その次の年のクリスマスもいつもとはちょっと違うご馳走を食べて、 同じようにみんなで讃美歌を歌いました。 プレゼントも鉛筆の本数が少し増え、ノートも仲間入りしました。

そんな折、私の住んでいた町で一番大きなお菓子屋さんに、 1個20円のクリスマスケーキがお目見えしたのです。 1個20円もするお菓子は当時としては大変高価な物でした。
遊び友達のお菓子屋さんの子はすかさず私に「ちょっと、ちょっと。 こっちへ来て。クリスマスケーキだよ。今年からうちの店でも売ることになったんだ。 美味しいよ。○○ちゃんも買ってもらってね。」と言ったのです。 そのケーキは今のような丸くて大きなものではなく、 カステラ一切れ分にバタークリームの飾りが載っている小さくてシンプルなものでした。 でも、子どもの私にはデコレーションが実にきれいで、 とてつもなく美味しそうに見えました。

私は早速母におねだりしました。しかし母の答えは「ノー。」でした。 そんな贅沢なものは買えないというのです。私はがっかりして、 その晩は寝床に入ってからも美味しそうなケーキが頭から離れませんでした。
『そうだ!大きくなったらお菓子屋さんになろう。 そうすれば美味しいお菓子が好きなだけ食べられる。 何でこんなことに気がつかなかったんだろう?』
我ながら妙案を思いついたものだと嬉しくなりました。
何と幼稚でたわいないと思うかもしれませんが、 当時は甘いお菓子類などはめったに食べることができず、 子どもたちはみな食い意地がはっていたのです。
でも、次の年のクリスマスには母が奮発してあのケーキを買ってくれたのです。 みんなで食べたケーキの美味しかったこと! まさにクリスマスの味でした。

プレゼントも文房具ではなくなり、本に変わりました。 その年は父が子供の頃読んで面白かったという、 岩波文庫の『岩谷小波のお伽話』でした。そして『夏目漱石』『国木田独歩』……と 続いていったと記憶しています。
これらの作品のいくつかは今でも心に残っているものが多く、 私の宝物になっています。
そしてみんなで讃美歌を歌うことも、私たちの成長とともに、 いつの間にか自然消滅していきました。

食べ物をはじめとして物質的には決して恵まれず、 時にはつらい思いもした子どもの頃でしたが、 あのような時代に今想い出しても心が温かくなるような、 ささやかながら決して忘れることのできないクリスマスの想い出をプレゼントしてくれた父母には感謝しています。

12/22/2013




この季節にちなんで、 Happy Holidays! のご挨拶とともに、ページをちょっと飾ってみました。

質問: この季節ってクリスマス・シーズンのことですね。
チャターは Merry Christmas! と言わないのですか?

答え: 何年前からか知りませんが、アメリカでは 「クリスマス・シーズン」を holiday season(ホリディ・シーズン)、 「メリー・クリスマス!」を Happy Holidays! (ハピー・ホリディ!) とも言うようになりました。私は「ハピー・ホリディ」を選びました。

なぜか? 

クリスマスはキリストの降誕を祝う祭りです。 でも大多数がキリスト教徒とはいえ、多民族国家アメリカにはそれ以外の人もいます。

またこの時期には祝祭が重なります。 例えば、ユダヤ人は12月(年によっては11月下旬)にハヌカを祝いますし、 このシーズンの最後の祝日元旦は、日系人や日本人にとって大切な日です。

そこで皆に公平であるようにと、中立的な用語である祝日や休日という意味の「ホリディ」が使われ始めたようです。 (余談ですけど、ここにも、「政治的・社会的に正しく」ありたいという、アメリカ人ならではの発想が見える気がしませんか。)

以上、キリスト教徒ではない私にとって、クリスマスは楽しい季節の行事です。 そこでこのブログのトップページと「記事一覧へ」のリンクページを、クリスマスのアイタムで飾ってみたのですが、 ご挨拶は「公平であれ!」というより配慮を込めて Happy Holidays! を選びました。

質問: でもリンクページには Merry Christmas! とありますね?

答え: 私の大のお気に入り、子どもたちがクリスマスキャロルを歌っている画像、 英語が読みにくいですが、We wish you a Merry Christmas! と書かれています。 これは、この時期によく聞く例の歌、 タータンタカタカタンタンタン、タンタカタカタンタンタン(間違ってます?)の歌詞の一部です。 そう思って画像を楽しんでくださいね。

ではでは最後に、私を仰天させた用語について。

質問: その発想からいくと、クリスマス・ツリーは何と言いますか。
答え: Holiday tree (ホリディ・ツリー)です。

先日まで私、ホリディ・ツリーのことは知りませんでした。 夫から聞いたとき一瞬耳を疑い、思わず「うっそ〜!」と言ってしまった私・・・

配慮すべき点はできるだけそうしたいですが、ごめんなさい、 このホリディ・ツリーという用語は、未だに冗談みたいに聞こえます。

12/18/2013




ゴーシュです。しばらくご無沙汰しておりました。

新聞のアンケート特集で、日本と世界に共通なことわざの人気投票がありました。 そこには1位から5位までのことわざ の順位と、それに対応する英語のことわざが併記してあり、 面白かったので、よく読みました。

母集団が小さい1000人くらいのアンケートなので、 正確さは期待できませんが、日本人の一番好きなことわざというか、 言葉は「明日は明日の風が吹く」だそうです。 そして、それに対応する英語として "Tomorrow is another day."  が書かれていました。

この言葉は、 「風と共に去りぬ」の幕切れで愛人に去られたヒロイン スカーレット・ オハラが涙の中から言う言葉として有名です。 映画の字幕では、「明日に期待しよう」となって います。 演技もそういう感じでした。 原作の翻訳の文庫本があったと思って本棚を探した のですが、見つかりませんでした。 でも、最後の文の訳は「明日は明日の風が吹く」ではなかった気が します。

日本人の好きだという「明日は明日の風が吹く」はどこか ケ セラ セラというか、 イイカゲンなムードがあって、台詞としては木枯らし紋次郎が楊枝をくわえて 「あっしにゃあ 関わりのねえこって。あしたは あしたの風が吹くでござんしょう」 と言うのが合いますね。

だから、「明日は明日の風が吹く」に "Tomorrow is another day."  を対応させるのはすこし違うと思います。 では、どんな英語が対応できるかとなると困りますが。

ちなみに2位は「聞くは一時の恥.......」と "Ask much, know much."  で、 これは合っていると思いました。

12/12/2013






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