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2/13/2017    







1月4日から待ちに待った「ゴッホとゴーギャン展」が愛知県美術館で始まり、私は仕事休みとなった1月18日、 まるで恋人にでも会うかのように胸ときめかして美術館へ足を運んだ。
 画家ゴッホは、日本人が大好きな画家はだれと問われれば、真っ先にあげる名前だろう。
 6年前の2011年2月に名古屋市美術館で「没後120年 ゴッホ展」が開かれており、それ以来の名古屋での展覧会になる。 その時も足を運んだが、再びゴッホの絵に会えると思うと、前の日からウキウキとした気分だった。

2011年の展覧会では、「私はこうしてゴッホになった」と題して、彼がどのようにして、あの独自の画風にたどり着いたか、 またいかにして我々の知るゴッホになったのかに焦点をあて、 画家を志した27歳から自殺した38歳までのわずか10年足らずの画家人生で描いた作品をもとに、その秘密を探る企画で構成されていた。 当時の展覧会パンフレットに使われた《灰色のフェルト帽の自画像》1887年は彼の代表作として展示されていた。

さて今回の展覧会はゴッホとゴーギャンという巨匠を日本では珍しい二人展として企画された。二人がパリで出会い、 固い友情で結ばれ、共同生活の中で刺激し合いながらも反発、批判、破綻、別れ、そしてゴッホの自殺により、 ゴーギャンも失意の中でタヒチへ移住するまでの二人の人間模様が、まるで映画を見るように第1章〜5章の構成で絵が構成されている。 今回のパンフレットにはゴッホがゴーギャンのために描いた 《ゴーギャンの椅子》1888年が使われている。



ー 「ゴッホとゴーギャン展」公式HPの作品紹介より ー

フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)とポール・ゴーギャン(1848-1903)
。 19世紀末に活躍し、今なお世界中の人々に愛されてやまないこの二人の画家に焦点を当てた、 日本初となる展覧会を開催します。
 オランダの牧師の家庭に育ったファン・ゴッホと南米ペルーで幼年期を過ごしたゴーギャンは、 生い立ちや性格だけではなく、絵画表現も大きく異なります。ファン・ゴッホは現実の世界から着想を得て、 力強い筆触と鮮やかな色彩による作品を生み出し、ゴーギャンは、装飾的な線と色面を用いて、 目には見えない世界をも絵画に表現しようとしました。1888年、彼らは南仏アルルで約2カ月の共同生活を送ります。 ともに制作し、時には激しい議論を重ねながら刺激を与え合いました。
 本展は、ファン・ゴッホとゴーギャンの初期から晩年にわたる油彩画約50点を含む約60点を展示します。 二人の画家の特徴を浮き彫りにし、その関係性と芸術性に光を当てます。


ー 「ゴッホとゴーギャン展」公式HPのみどころより抜粋 ー

今回、ファン・ゴッホとゴーギャンがそれぞれに「最高傑作」と認めた2点のアルルの「収穫」が特別に出品されます。 小麦の収穫を描いたファン・ゴッホの《収穫》は、 画家自身がある1点の静物画を例外として「他のすべての作品を完全に圧倒する」(フィンセント・ファン・ゴッホ、 1888年6月、テオ宛の手紙)と述べた自信作。

ゴーギャンの「収穫は、日本初公開となる《ブドウの収穫、人間の悲惨》」です。 ワイン用のブドウの収穫を描いた本作についてゴーギャンは、次のように手紙に記しています。
「このブドウ園の風景はアルルで目にしたものだ。そこに、ブルターニュの女性を配した。実際にないことだがかまわない。 今年描いた最高の絵画だ。乾いたらすぐにパリに送る予定だ」(ポール・ゴーギャン、 1888年11月、エミール・ベルナール宛の手紙)

ファン・ゴッホもこの作品を熱烈に称賛しており、テオへの手紙でも「今、彼は完全に記憶からブドウ園の女性たちを描いている。 彼が、この絵を台無しにしたり、途中で投げ出したりしないなら、とても素晴らしく、 かつてない作品となるだろう」(フィンセント・ファン・ゴッホ、1888年11月、テオ宛の手紙)と語っています。


展覧会会場では《ゴーギャンの椅子》ゴッホ1888年と《肘掛け椅子のひまわり》ゴーギャン1901年、 この二つの作品を今回の二人展の企画のメイン作品として紹介している。 それは二人の固い友情の思い出の象徴としてそれぞれが描いた絵といわれている。 固い友情で結ばれていたはずの二人が、なぜ破綻したのか、それは誰もわからない。ゴッホは、 ゴーギャンのために購入した肘掛け椅子を絵にして、共同生活の破綻後、その友人の面影を重ねたといわれている。 そして一方、ゴーギャンはゴッホの死後、彼が好きだったひまわりの花を作品に描き、この世を去った友に思いを馳せたといわれている。 失って初めて、お互いの存在の大きさを知った二人だが、すでに時は遅かった。


ー 「ゴッホとゴーギャン展」公式HPの作品紹介より抜粋 ー

1888年11月、アルルでの共同生活が破綻する前にファン・ゴッホは《ゴーギャンの椅子》 を描きます。ファン・ゴッホは生涯で1点しかゴーギャンの肖像画を描きませんでした。本作では、 ゴーギャンが使っていた椅子によって、そこに座るべきゴーギャン自身の存在が表現されています。 ゴーギャンの象徴的肖像画として位置付けられる本作は、貴重な1点となっています。

一方、ファン・ゴッホの死から11年後、ゴーギャンはタヒチで 《肘掛け椅子のひまわり》を描きます。 ゴーギャンは友人に頼んでひまわりの種をヨーロッパからタヒチに取り寄せ、 この作品を完成させました。ひまわりはファン・ゴッホが好んで描いたモティーフであり、 晩年のゴーギャンがファン・ゴッホを意識して描いた重要な作品です。

アルルでの共同生活の後、再会がかなわなかったファン・ゴッホとゴーギャン。 二人がそれぞれを想いながら描いた傑作をこの機会にぜひご覧ください。


今回の展覧会では、 会場内のテーマ作品を中心にその魅力を声優によるナレーションでわかりやすく解説する音声ガイド(有料:520円で機器貸出)を聴くことができる。 私もこれを使って作品を鑑賞したが、ヘッドホンで主要作品の前で解説のナレーションを聴くことができ、 二人の人間模様とその絵にまつわるエピソードなどがよくわかってとてもよかった。 鑑賞する際は、ぜひ利用してみるのもいいと思う。

今では世界中の誰もが認める二人の巨匠画家だが、二人の人生は必ずしも華やかものではなかった。 ゴッホはなぜ自殺したのか、今でもその真相は、よくわかっていないようだ。ゴーギャン自身も当時は絵の才能がヨーロッパで認められず、 友を失った失意とともに遠いタヒチに移住し、孤独に生涯を閉じている。この二人の天才が死後120年ほど経った今、 こうして二人の絵が世界中で評価されている現実を、今生きていたら何と思うかぜひ聞いてみたいものだ。



《ゴッホとゴーギャン展》
公式HP
http://www.g-g2016.com/aichi/index.html
愛知県美術館HPに100円の割引券があります。
http://www-art.aac.pref.aichi.jp/exhibition/index.html

1/25/2017    










豊橋8:47 発のひかりに乗り込み、途中、富士市付近の車窓から雪をかぶった富士山の姿が見えた。 見える確率は50%と言われるので、これは最初からラッキーだ!
 1時間半あまりで、品川駅に到着。まずホテルに手荷物を預け身軽になって、いざ観光へ出発。品川駅を山手線で上野駅まで行き、 ここから東京メトロ銀座線に乗り換え、 浅草へ行った。
               写真:新幹線の車窓から見えた富士山、富士市付近で



 15 分ほどで浅草、浅草寺に到着。今日はまだ 1 月 4 日なので、初詣の日本人と外国の観光客がいっぱい押し寄せて人の洪水状態。 仲見世通りはまさにまるでラッシュアワ ーのような人、人、人・・。どうか家族みんな、はぐれないでくれよと祈った。
               写真:浅草寺仁王門の大提灯


    
 参拝を終え、ちょうどお昼時となりお腹が空いてきたので、浅草名物のもんじゃ焼きのお店に入った。 みんなもんじゃ焼きは初めてだったので、まず店の方に作り方の見本 を見せてもらった。
 お好み焼きと違って、お椀に入った具と汁は一緒に入れずに、まず具だけをしっかり炒めて円形の土手を作り、 その中に残った汁を入れる。少しとろみ加減で焼き上がった もんじゃ を小さなフライ返しのような道具で一口ずつ食べてみる。 初めてだったが、みんな「すごく、おいしい!」と言って食べた。 時間の過ぎるのを忘れて、腹いっぱいに食べ、みんな大満足だった。
 ここから 10 分ほど歩いた先の隅田川を走る水上タクシー乗り場まで行き、次の予定地、お台場へ向かう。
               左写真:水上タクシー浅草乗り場からの風景
               右写真:お台場からの風景



 水上バスは途中、浜離宮、日の出桟橋を経由し、1 時間ほどでお台場に到着した。お 台場ではフジテレビの展望台に上った。 すでに夕方の時間を迎え、日も暮れはじめ遠くに見えるビル群が夕闇に沈もうとしていた。 そして赤く染まった空のはるか向こうには 富士山が見えた。その夜はお台場にある大江戸温泉のお風呂で疲れを癒し、食事後、ホテルに戻った。
               写真:お台場のフジテレビ展望台から見た夕暮れの風景




今回の旅行は当初から都内の電車、地下鉄をいくつか乗り継いで、目的地に行く計画を立てていたので、 切符を買わないでスムーズに乗れるように4人全員がTOICA(JR東海のプリペイド式ICカード)をあらかじめ用意してきた。 これを使えば切符を買う手間もなく、都内の電車、地下鉄がすべてこのカードで改札を乗り降りできるのでとても便利だ。 ホテルで朝食をとり、9時過ぎに品川駅から山手線で渋谷駅に向かった。

 
 まだ正月から間もないので、渋谷駅前はかなりの人でにぎわっていた。駅前で渋谷のシンボルとなっているあの忠犬ハチ公の像が我々を出迎えてくれた。 ハチ公像の前で記念写真を撮る外国人の姿も多かった。駅前のスクランブル交差点を渡り、NHK 放送セ ンターへと向かって歩いた。
               左写真:プリペイド式 IC カード TOICA
               右写真:渋谷駅前の忠犬ハチ公像


 
 渋谷駅から歩いて 15 分ほどで NHK放送センターに到着した。子供を連れた親子の姿が多い。見学コースを1時間ほど周り、 センター内のレストランで昼食をとった。午後1時になりセンター内のスタジオパークでは、お昼の生放送番組が行われており、 それを見学し、次の目的地に向かった。
 歩いて10分ほどで JR山手線の原宿駅に到着。 駅の反対側には、竹下通りがあり、 ここは若者たちのファッション店が立ち並ぶ別世界。竹下通りに入ると人混みに飲まれそうなほどの混雑ぶりで、若者の熱気に圧倒される。 原宿駅に戻って電車に乗り、次の目的池、東京都庁へと向かう。
               左写真:NHK 放送センター
               右写真:JR 山手線の原宿駅前


 
 原宿から新宿に行き、そこから都営地下鉄に乗り換え20分ほどで都庁前に着いた。 駅の地下から庁舎まで連絡通路を通り、 庁舎の地下1階に出た。都庁に来た目的は、ここの 45 階にある展望台へ上るためだ。1 階に展望台専用のエレベーターがあり、 入り口で警備員による手荷物検査を受け、あっという間に地上 202mの展望台へ到着した。
 展望台には喫茶ラウンジとグッズなどの土産コーナーがあり、日本人だけでなく外国人の観光客の姿も多かった。喫茶コーナーでコーヒーを飲みながら、 都内を眺める景色はとても素晴らしかった。ちなみに展望台への入場は無料だった。
               左写真:東京五輪の垂れ幕が掲げられた都庁
               右写真:横浜方面を望む展望台からの風景


 
 再び都庁から都営地下鉄に乗り、メトロ有楽町線、南北線を乗り継ぎ、大江戸線の赤 羽橋駅に到着。ここから歩いて 10 分ほどで東京タワーに到着した。
 東京タワーは小学校の修学旅行以来、実に 50 年ぶりだ。辺りはすっかり日も暮れ、ライトアップされた タワーの姿は、とても雄大だ。 エレベーターで 333mの展望台まで上ると、都内の夜景が目の前に広がり、高層ビル群と道路を走る車の灯りが実に素晴らしく、 眺めているとつい時間が過ぎ乗るのも忘れてしまいそうになる。1 時間ほど夜景を楽しみ、タクシーで新橋駅へ行き、駅前で回転寿司の夕食をとり、ホテルに戻った。
               左写真:ライトアップされた東京タワー
               右写真:タワー展望台からの夜景




この日の朝はホテルを早めの 8 時に出発した。山手線は通勤時間のラッシュアワーと重なり、品川駅構内はかなりの混雑ぶり。 私が先頭になって歩いていたら、いつの間にか家族とはぐれてしまった。携帯電話で連絡を取り、何とか見つけることができた。 新橋駅から地下鉄丸ノ内線に乗り換え、20 分ほどで四ツ谷駅に到着した。今日の最初の目的地は迎賓館(赤坂離宮)の予定だ。
 駅前は閑静な公園が広がり、上智大学、学習院初等科などが近くにあった。10 分ほどで迎賓館の正面玄関前に到着すると、 見学予定者がすでに並んでおり我々も列に並び、ほどなく時間になり、係の人の先導で裏手入り口から入場した。 入るとすぐ警察官による荷物検査があり、まるで空港なみの厳しいチェックにはびっくりした。検査後、 一人千円の入場券を購入し、館内に入った。


 

 館内はすべて撮影禁止、各所に警備員と所蔵品の解説する係員が配置され、30 分ほどで見学コースを回り終えた。
 この迎賓館は昭和 43 年から5年有余年の歳月と 108 億円の経費をかけて昭和 49 年に現在の赤坂離宮に改修された。 日本唯一のネオバロック様式の西洋風宮殿といわれ、当時の一流建築家、美術工芸家が総力をかけて建設しており、 館内の優雅さと絢爛豪華な装飾品は言葉で表現できないほどの素晴らしさだった。
 見学を終え、青空の広がる中庭の庭園から望む迎賓館はまるでベルサイユ宮殿にきているような(行ったことがないので想像ですが)気分でした。
               左上写真:迎賓館正門で記念撮影
               右上写真:迎賓館の正面入り口
               下写真 :中庭の噴水から見た迎賓館


    
 絢爛豪華な迎賓館の余韻に浸りながら再び地下鉄に乗り、次の目的地、国会議事堂へ向かった。20 分ほどで到着し、 議事堂正面の正門に立つ警護する警察官に聞くと、あらかじめ見学予約がないと入れないとのことで見学はあきらめざるを得なかった。
 ちょうどお昼時になり、食事のできる場所を探したが、この辺りは国の省庁の中枢機 関が立ち並ぶ永田町だけに、 近くに手頃なレストランなどはなさそうな気配だ。そこでスマホで近くで食事場所を探したところ、100mほど先に和食料理店があることがわかり、 みんなで向かった。玄関前に着くと、何とあの「永田町 黒澤」だった。
               左写真:国会議事堂正門前
               右写真:蕎麦で有名な「永田町 黒澤」の店舗入り口


    
 ここは黒澤明・映画監督の身内が経営するお店で蕎麦が有名。純和風の建物の中に入ると黒澤監督の映画ポスター、 コレクションなどが展示されていた。
 食事の順番を待っていると何と二階総務会長が突然目の前に現れ、 私も他の人につられて「頑張ってください」と 握手した。 さすが永田町だけあって、店の前には黒塗りの高級車が数台、駐車されていた。
 店内は意外と広く、我々は季節メニューにあった「お昼の蕎麦セット@1,050 円」を注文した。お膳には小鉢、おすすめ蕎麦、黒豚小丼、 デザートがついてきてリーズナブルで、評判通りのおいしさだった。昼食を終え、歩くのも疲れたので、途中でタクシーを拾って、最終目的地となる皇居へと向かった。
               左写真:店内の黒澤監督の映画作品のポスター
               右写真:永田町 黒澤「お昼の蕎麦セ ット」


 
 
 タクシーに乗り 15 分ほどで皇居に到着した。入り口は「桔梗門(ききょうもん)」 で、あらかじめインターネットで午後 1:30 の見学予約をしていたので、 すぐに入ることができた。入ると警備係による手荷物検査が行われ、窓明館(休所)で 100 名ほどの見学者に対する注意事項の説明が行われ、 皇居内の見学コースに向かった。
 宮内庁職員が見学コースの富士見櫓、宮内庁庁舎、宮殿、二重橋などを説明して回った。中でも新年の恒例行事、 一般参賀で両陛下はじめ皇族方の祝賀が行われる宮殿バルコニーは、テレビで見ているとかなり高い位置のように見えるが、 実際は2mほどの高さしかないのにびっくりした。1 時間ほどで皇居の見学を終え、これで予定したすべての観光を終えた。
               左上写真:皇居入り口の「桔梗門(ききょうもん)」
               右上写真:富士見櫓前で宮内庁職員による説明風景
               左下写真:宮内庁庁舎
               右下写真:一般参賀が行われる宮殿東庭風景


今回は日本の首都、東京の数々の観光地を歩いて回った大人の修学旅行だった。何と3日間で万歩計が66,000歩に達した。 本当にみんなよく歩いたね、お疲れさま。
品川駅から 16:40 発の新幹線ひかりに乗り、帰宅の途についた。

1/16/2017    






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