[Part 3]
1-3日目 | 4-6日目 | 7-9日目 | 10-12日目



6ヵ月ぶり3度目の区切りお遍路旅

   

 今回で3回目の区切りお遍路旅、いつものように名古屋から夜行の高速バスで10時間ほどかけて、 翌朝8時30分に高知駅に到着した。バスの中では眠れず、寝不足気味のため、 駅のコンビニでホットコーヒーとサンドイッチを買い、軽い朝食を食べ一息つく。 今回は2週間の予定で八十八ヶ所をすべて回り終え、結願(けちがん)したいという思いで来ており、 かなりハードな日程になりそうだ。
 さっそ高知駅前のバスセンターから路線バスに乗り込み、前回の区切りの続き33番札所方面へ向かう。 途中のバス停で、お遍路姿の若い女性が乗り込んできた。彼女も札所近くのバス停で降り、 続いて私も降りた。私が声をかけると、東京方面から来たそうで、 これから松山まで1週間で歩きお遍路で回る予定だと言う。 5分ほど歩き33番札所「雪蹊寺(せっけいじ)」に到着。私もこの境内でお遍路姿に着替え、 参拝を済ませた頃には、彼女の姿はもう無かった。


見知らぬ女性の軽自動車に乗せてもらい

   


   

 雪蹊寺から次の札所へ向かう国道278号線。10月とはいえ時刻も10時を回り、日差しはかなりきつい。 歩くと額から汗がジトジトと流れ落ちる。市街地を1時間ほど歩いて、 やっとのどかな風景が広がる遍路道に入った。やっぱりこういった景色の中を歩くと、気持ちもホッとする。
 2時間ほど歩いて34番「種間寺(たねまじ)」に到着。すると「あれ!」と思わず声が出た。 ベンチにいるのはバスで一緒だった彼女の姿だった。声をかけると、向こうも笑顔で答えてくれたが、 「今日中に36番札所まで回りたいのでお先に」と言って、すぐ次の札所へ出発して行った。
 私が参拝を終えた頃には、すでに時刻も12時が過ぎ、お腹も空いてきたので、 ベンチに座り駅で買っておいたお弁当を広げて食べた。食べ終わり、辺りを見回すと、 境内に昔ながらのアイスクリームを売る姿があった。抹茶アイスを一つ買って食べたが、甘過ぎず、 素朴で懐かしい味がしておいしかった。
 アイスを食べ終わり、出発の準備をしていると、60代ぐらいの一人の女性が「よかったら、 車で次の札所近くまで行くので、一緒に乗っていきませんか。」と声をかけてきた。 「え、いいんですか?」と私が聞き返すと、「どうぞ」と軽自動車のドアを開けてくれた。 高知市内に住んでいるそうで、時々、自身もお寺を回っているそうだ。せっかくなので、 これもお遍路さんへのお接待の気持ちだと思い、「それではお願いします。」と言って、 乗せてもらった。彼女は元教師だったそうで、いろいろ世間話をしながら15分ほど走り、 札所近くの入り口で降ろしてもらった。「ありがとうございました」とお礼を言い、 車が見えなくなるまで手を振ってお別れした。


山道に突然、白い猫がやって来た

   

 入り口からはかなりきつい傾斜の山道を登り、 30分ほどかかってようやく35番「清瀧寺(きよたきじ)」山門に到着した。参拝を終え、登ってきた山道を下る途中、 突然、白い猫がきて、岩場から湧き出ている水を飲み始めた。逃げもせず人懐こいので、 野良猫ではないようだが、近くで飼われている猫なのだろうか。あまりにもきれいな目をしていて、 神様の使いではないかと思ってしまった。
 山道を下り国道を30分ほど歩くと、土佐市のにぎやかな商店街に入り、 その中心ほどにある小さなビジネスホテル「ビジネスイン土佐」に到着した。 車に乗せてもらったおかげで予定時間より2時間ほど早く、3時過ぎに宿に到着することができた。




~ 長い薄暗いトンネルを抜けると太平洋の海が ~

   


   

 翌朝はホテルを7時過ぎに出て、次の札所に向かった。土佐市内を抜け、 国道39号を1時間ほどひたすら歩くと、町はずれの峠にある塚地坂トンネルの入り口が現れた。 全長が2.6キロもあり、トンネルの中は薄暗く、行き交う車の騒音と排気ガスの淀んだ空気で、 この中を歩くのは少し薄気味悪く、あまりいい気分ではない。途中、 自転車の通行人とすれ違ったが歩行者は私だけで、30分ほどかかってようやく長いトンネルを抜けた。 トンネルを出ると、その向こうに宇佐町の漁港が見え、内心ホッとした。
 宇佐町の漁港から見える風景は、空と海の青さが目にまぶしく映る。漁港を通り越し、 さらに長く伸びた海岸線に沿って約1時間ほど歩き、海岸から脇道に入り、 間もなく36番「青龍寺(せいりゅうじ)」に到着した。この寺も本堂まで、 長い長い階段があり、一歩ずつ苦労しながら登った。


地元の渡船に乗りお遍路へ

   


   

 参拝を終え、リアス式になった浦の内湾の海岸線をひたすら歩く。 海岸線には、幾重にも道がジグザグに続いていて、 すぐ目の前に見える集落まで到着するのにも思ったより時間がかかる。時刻もいつの間にか、 昼過ぎとなり、暑さと疲れで足取りも重くなってきた。こうなったら、 ここからバスにでも乗ろうと思ったら、数年前にすでにバス路線は廃止されていた。
 途中、港でお弁当を食べていると、地元の方から住民の足として湾内の集落を結ぶ町営の渡船があり、 この近くの船着場から乗船できることを教えてもらった。 船着き場に到着すると、堤防の一角に立て看板があるだけで、建物も何もない。 地元の人から「船が近くにやってきたら、 乗る合図をしないとそのまま素通りされてしまう」と聞かされていたので、 定刻を5分ほど遅れてやってきた渡船に向かって、白いタオルを大きく振って合図した。 渡船も合図に気づき、船着場に横付けし、乗船することができた。船の乗客は私一人で、 船長さんに料金360円を支払い、 歩けば3時間以上はかかる「横浪(よこなみ)」の集落にわずか30分ほどで到着することができた。


今夜の宿は四万十町の小さな家庭的な旅館

   


   

 横浪からJR予土線の最寄りの多ノ郷駅まで歩き、そこから電車に乗り須崎市の大間駅に到着した。 時刻はすでに午後3時を回っていたが、まだ今夜の宿が決まっていない。 次の札所付近の四万十町内の旅館へ電話したところ、運よく夕食なしならOKと予約がとれた。 そこで特急電車に乗り、1時間ほどかけて窪川駅に到着した。駅を降りるとすぐ隣には昨年、 完成したばかりの木造3階建ての四万十町の新庁舎が建っている。 今日の宿はこのすぐそばにある「まるか旅館」。ごく普通のこじんまりした旅館で、 まるで我が家に帰ったような家庭的な雰囲気の宿だった。




ローカル電車の中はお年寄り社交場

   


   

 朝食を食べ終え、午前7時過ぎ、旅館からすぐそばにある37番「岩本寺(いわもとじ)」に歩いて向かう。 早朝の境内には、1組の70代ぐらいの夫婦連れのお遍路さんがいて、私も続いて参拝した。 ここから次の札所までは、86キロ以上先の日本最南端の足摺岬にある。再び窪川駅まで戻り、 JRと接続する土佐くろしお鉄道に乗り、中村駅に向かった。車両は1両で、1組の夫婦連れのお遍路、 地元の方、私の4人だけだったが、各駅ごとに地元のお年寄りの乗客が乗り込み、 車内の中はお年寄り同士の社交場となった。山間を抜けると電車の車窓に、大きな荒波が岩にぶつかり、 白波となって砕け散る太平洋の絶景が見え始めた。


足摺岬の絶景に感激

   
 

   

 1時間ほどで足摺岬への玄関となる中村駅に到着。ここから足摺岬行きの定期バスに乗り替え、 約1時間ほどバスに揺られ、足摺岬に到着した時は、すでに昼12時を回っていた。 バス停の目の前には、38番「金剛福寺(こんごうふくじ)」が見えた。参拝を終え、 すぐ展望台へと向かうと、そこから見える一直線に伸びる水平線、太平洋の海、 岬の白い灯台との見事な調和はまさに絶景だった。岬の公園には地元の英雄、 ジョン万次郎の銅像が立ち、太平洋を眺めていた。岬のレストランで昼食をとり、 ゆっくりする時間もなくバスに乗りみ、中村駅に戻った頃には午後2時を過ぎていた。
 再びくろしお鉄道に乗り、次の札所のある宿毛市の平田駅へと向かった。


老夫婦の経営する古い旅館に一人宿泊

   

 平田駅に到着すると、すでに時刻は午後4時近くになっていた。 今夜泊まる旅館ひらた荘は札所へ向かう道の途中にあったので、旅館の玄関に荷物を置かしてもらい、 2キロほど先の札所へすぐ向かった。30分ほど歩き、4時30分頃、 山間に39番「延光寺(えんこうじ)」に到着した。札所の時間は午後5時が門限となっており、 急いで参拝を終え、無事、御朱印を受けることができた。
 再び、今夜の宿となる旅館に戻った。辺りはすでに薄暗くなっていて、 玄関で70代ぐらいの女将さんが出迎えてくれた。部屋数は10部屋ほどある古い旅館で、 今夜の泊り客は私一人。お風呂から出ると、すでに夕食も出来ており、一人寂しく食事をとった。 旅館の前の国道を通るトラックの音が時折、聞こえるだけの静かな夜だった。 少し早めの午後9時に床に入り、そのまま深い眠りについた。




バスを乗り継いで『菩薩の道場』伊予入り

   


   

 午前7時過ぎに旅館ひらた荘を出て、再びくろしお鉄道の平田駅から宿毛駅に向かった。 10分ほどで終点、宿毛駅に到着した。ここ宿毛市は高知県と愛媛県との県境に位置し、 ここから愛媛県に入る鉄道がないため、駅前から出ている路線バスに乗り替えた。 バスは宿毛市内を抜け、高知県の県境の山間のいくつかの集落を回り、 40分ほどで愛媛県に入った。これでようやく高知県の『修行の道場、土佐』も終わり、 愛媛県、『菩薩の道場』伊予入りだ。
 バスは1時間ほどで40番「観自在寺(かんじざいじ)」門前のすぐ目の前にあるバス停に到着し、 参拝した。そして再び同じバス停で30分後のバスに乗り、1時間ほどかかって宇和島駅に到着した。


黄金色の稲穂に吹く風が気持ちよい

   


   

 宇和島駅で簡単な昼食をとり、駅前から再び路線バスに乗り換え、 次の札所へ向かった。しかし、どのバス停で降りれば次の札所に近いのかよくわからなかったので、 すぐ前の席のご婦人にお聞きすると、その方が降りるバス停だと教えてくれた。 40分ほどでそのバス停に到着し、そのご婦人と一緒にバスを降りると、 わざわざ札所へ入る道まで一緒に歩いて、教えていただいた。
 この辺りまで来ると街からかなり離れていて、すっかり農村風景で、札所へ向かう遍路道沿いには、 黄金色に実った稲穂畑が一面に広がり、吹く風がとても心地良かった。30分ほど歩くと、 41番「龍光寺(りゅうこうじ)」に到着した。
 すぐ参拝を終え、次の札所に向かう。札所のすぐ裏山から入る遍路道があり、 30分ほど歩き42番「仏木寺(ぶつもくじ)」に到着した。参拝をすませた時には、 すでに時刻は午後2時を回っていた。しかし、今夜の宿をまだ決めていなかったので、 ここから一山向こうの10キロほど歩いた先の民宿に電話し、予約を取った。


民宿のご夫婦のおもてなしは最高でした

   


   

 国道46号線に沿って、かなりきつい傾斜の山道を2時間ほど登り、そこから1時間ほど下ると、 ふもとの宇和町の街並みが、やっと見えてきた。国道29号線沿いを歩くと、 民宿「みやこ」の看板が見えた。入り口を入ると、 とても気の良さそうなご夫婦がにっこりと出迎えてくれた。
 到着した時刻がまだ午後4時頃だったので、宿のご主人が「43番札所は、 ここからそんなに遠くないので、私の車で送って行ってあげるから、 今から行ったらどうか」と言われたので、私は「ぜひ、お願いします」と荷物を民宿に置き、 ご主人の運転する軽トラに乗った。15分ほどで43番「明石寺」に到着した。 宿まで2キロほどの距離なので、私が「帰りは自分で宿まで歩いて帰ります」と言うと、 ご主人は「じゃあ、お風呂の準備をして待っているので、気を付けて来てください」と私を降ろして宿へ帰った。
 参拝を終え、宇和町の街中を眺めながら30分ほど歩き、民宿に戻った。今夜の泊り客は、 私一人だったので、すぐお風呂に入り、夕食は食堂でご主人と一緒に食べた。 食堂は数年前までドライブインも経営していたそうで、かなり広かった。 昔の思い出などいろいろな話をしながら、楽しいひとときを過ごした。 ご夫婦の心温かいおもてなしは、これまでの泊まった数々の宿の中でも忘れられない思い出となった。




民宿の奥さんからおにぎり弁当を作っていただいて

   


   

 翌朝、7時過ぎに民宿を出発する際、奥さんから「お昼に食べて」とおにぎりのお弁当をいただいた。 さらにご主人には「2キロ先の駅まで送るから」と、 JR予讃線の卯之町(うのまち)駅まで軽トラに乗せていただき、 「本当にお世話になりました」と温かいおもてなしに感謝の気持ちを伝えてお別れした。
 卯之町駅から特急列車に乗り、約1時間ほどで松山駅に到着した。 松山市内にも8カ所の札所があるが、次の44番札所は松山市から北西部30キロほど先の山向こうになる。 そこで駅前から出ている定期バスに乗り、札所へ向かった。バスが松山市郊外を抜けると、途中、 バスの車内で宿の奥さんに作っていただいたおにぎり弁当をおいしくいただき、 2時間ほどで久万高原町に到着した。 さらにバス停から20分ほど歩き44番「大寶寺(たいほうじ)」に到着し、参拝した。
 時刻はすでに午後3時をまわっていたが、今夜の宿をまだ決めていなかった。次の札所は、 ここからはもう一山越えた10キロほど先の所になる。急いで宿の予約を取るため、 4軒ほど電話を入れてみると、週末とあってどこも満員で断られたが、最後の宿に電話すると、 何とかOKの返事でホッとした。ここから山越えして2時間ほどかかる距離なので、急いで歩きだした。


地元の人たちの温かい接待に感激

   


   

 山越えのお遍路道を2時間ほど歩き、ようやくふもとの集落が見えてきた。 ちょうど集会場の前を歩いていると、 地元の人たちから「どうぞ、休んで行ってください」と声を掛けられた。毎週、 週末にお遍路さんへの接待所を開いて、みんなでここで接待しているそうで、 せっかくなので休憩させてもらうことにした。
 お茶、果物、手作りおやつなどの接待をいただき、ちょっとお腹も空いていたので、 とてもありがたかった。ちょうどもう一人のお遍路さんも来て、みんなで記念写真を撮ってもらった。 地元の人たちにとって、お遍路さんとの交流は、地域の活性化にも重要なことなので、 大切にしていると話してくれた。30分ほど地元の人たちとの交流を楽しんだ後、宿へ向かったが、 すぐ近くにあり、10分ほど歩いて「癒しの宿、八丁坂」に到着した。 すでに時刻は午後5時を過ぎていた。この宿は、お遍路さん仲間では、とても評判の宿だ。 まだ新築して1年ほどで、部屋もきれいで、設備も充実していた。そして、 何よりもスタッフの方々の温かいもてなし、料理など、評判通りだった。その夜は、 3人ほどのお遍路さんも泊まっていて、一緒に夕食と旅の情報交換ができ、楽しい一夜を過ごした。




恐怖の岩屋寺のはしご登りを体験

   


   

 朝の7時過ぎ、宿の玄関でご主人と奥さんに見送ってもらい、次の札所へ向かった。 あいにく天気は小雨模様だったが、気にするほどではなかった。しばらく歩いて行くと、 昔からの遍路道を登り、峠付近に差し掛かると案内板に「八丁坂茶店跡」とあり、 泊まった宿の名前はここから付けたようだ。 さらに「お遍路ころがし」のかなりきつい山道を1時間ほど登り、 さらに長い長い階段を20分ほど歩いて登り、45番「岩屋寺(いわやじ)」にようやく到着した。 この寺は巨岩の中腹に埋め込まれるように造られたお堂が有名な山岳札所。 頭上5メートルほどに岩窟の祠があり、14段のはしごで登っていく。慎重に一段一段を登らないと、 落ちそうでかなりの恐怖感だ。
 参拝を終えた頃には、雨足が相当に強くなってきた。門前入り口の駐車場の民家軒先で、 路線バスに乗るために雨宿りをしていると、70代ほどのご夫婦連れのお遍路さんが、 「歩きなら、よかったら次の札所まで、車で一緒にどうですか」と声をかけてくれた。 バスの乗車時間まで1時間ほどあったので、「助かります。 できればお願いします」と同乗させていただいた。大阪方面から休日を利用して、毎週、 札所を回っているそうで、今日は次の札所を参拝して帰るとのこと。 30分ほどで46番「浄瑠璃寺(じょうるりじ)」に到着。一緒に参拝した後、お礼を言って、 ご夫婦とはここでお別れした。


足の指先に豆が、膝にも激痛が

   


   


   

 いつの間にか雨も上がり、日差しも出てきた。背中の重いリュックが無くなり、 歩く足取りも軽く47番「八坂寺(やさかじ)」、続いて48番「西林寺(さいりんじ)」49番「浄土寺(じょうどじ)」50番「繁多寺(はんたじ)」と3時間ほどかけて4つの札所を回ることができた。しかし、 つい欲張って歩いたせいか足の指に豆ができ、膝にも痛みを感じ、帰りの足取りはかなり重かった。 何とかバスに乗って、再び民宿に戻った。部屋に入って、足を見ると、 足の指に2つほどの豆ができ、かなり化膿していた。また足をかばって歩いたため、 膝にも激痛があった。お風呂に入ると少し楽になったので、今夜はゆっくりと休み、明日の朝、 様子をみようと思い、床についた。




バス・市電で松山市内の札所めぐり

   


   

 午前7時過ぎ、民宿を出てすぐ近くの停留所からバスに乗って、松山駅に向かった。 昨日からの足と膝の痛みは、歩くとやはりズキンと痛む。駅に到着すると、 とりあえず背中の重いリュックをコインロッカーに預け、 市内の3つの札所を市バス、市電等を使って回ることにした。
 そこで駅の案内所で市内の市バス・市電が2日間、乗り放題となるお得な2dayチケットを購入した。 シルバーウィークの連休中とあって、市内には多くの観光客でにぎわっていた。 バスで15分ほどで最初に 51番「石手寺(いしてじ)」に到着し、参拝した。 続いて松山市駅まで戻って市内電車に乗り換え、再度、 バスに乗り換え40分ほどで 52番「太山寺(たいさんじ)」に到着、参拝した。 必ずしも同じバス路線に札所があるわけではないので、 ガイドブックの路線系統図を見ながら何度か乗り換えて回わらなければならない。 このため、思ったより時間はかかった。途中で昼食をとり、再びバスに乗り換え、 53番「圓明寺(えんみょうじ)」の参拝を終えた頃には、すでに午後3時を過ぎていた。 バスや電車に乗って回る間にも、足と膝の痛みはあったものの、何とか歩くことができた。 とりあえずこれで松山市内の3つの札所、すべて回り終え、ホッとした。
 これ以上無理をしても仕方ないので、市電に乗って、 あらかじめ予約しておいた駅前のビジネスホテル「松山ヒルズ」に向かった。足の痛みもあるので、 明日はゆっくり市内観光を楽しもうと、このホテルには2泊で予約を入れておいた。 チェックインすると、ホテルの隣にある天然温泉施設の無料券をいただいたので、 この温泉につかり、痛む足と膝の疲れをとって、その晩はぐっすりと眠ることができた。




松山市内観光で1日のんびりと

   


   


   

 朝起きると、足と膝の痛みは幾分和らいでいた。今日もホテルに連泊するので、 部屋にリュックの荷物を置いて、バッグだけの身軽な格好で出かけた。 駅前でモーニングコーヒーと軽い食事をとりながら、市内の観光パンフレットを見て回る順序を考え、 いざ市内観光に出発!
 昨日買った2dayチケットを使って、まずは駅前から市電に乗り、松山城へ向かった。 愛媛県庁前を通り、20分ほどで城山入り口に着くと、そこから 城山ロープウェイ に乗り、 天守閣の見える庭園に到着した。青空にそびえたつ 松山城 は、 思ったより大きく威厳のあるきれいな城だった。天守閣から見下ろす市内の眺望 は絶景で、 遠くに瀬戸内海や石鎚山も見えた。1時間ほど城内を見学し、公園の食堂で昼食をとった。

   


   

 再び市電に乗り、今度は道後温泉へ向かった。30分ほどかかって 道後温泉駅 に到着した。 道後温泉といえばやっぱり「坊ちゃん湯」として有名な 道後温泉本館 の湯があるので、 せっかくの機会なので入浴しようと思ったが、中国人観光客でごったがえしていたのでやめた。 シルバーウィークが終わったので、空いているかと思ったが平日にもかかわらず観光客も多く、 特に外国人の観光客も目立った。近くにある正岡子規記念博物館へ見学に行ったら、 あいにく休館日だった。1時間ほど温泉街を散策し、帰りも市電に乗ろうと駅まで戻った。 ちょうど夏目漱石の小説「坊っちゃん」で有名になった「坊っちゃん列車」の出発時刻になっていたので、 入り口の列に並んだ。
 この列車は明治21年にドイツから輸入した当時の機関車を平成13年に復元、運行開始したもので、 現在は環境のためディーゼル機関車で運行されている。 夏目漱石は小説の中で、「マッチ箱のような汽車」と書いていたが、確かに車内は狭く、 天井に頭がぶつかりそうなほど車高も低い。駅を出発した列車内は、 アジア系の観光客の団体で満員で身動きができないうえに、車両の揺れもかなり激しかった。
 市内観光を終え、午後3時頃、再びホテルに戻った。まだ足と腰の痛みも完全に消えていないので、 部屋の中で明日以降の予定をどうしようかと考えた。無理してこのまま歩けば、さらに悪化して、 途中でお遍路を断念して自宅へ戻ることになるだろう。それなら無理をせずにレンタカーを借りて、 車で残り全部の札所を回ろうと決めた。
 さっそく持っていたipad のネットで松山駅前のレンタカー会社に、軽自動車で5日間、 徳島駅で乗り捨てる条件で予約を入れた。そして今晩も、天然温泉に出かけ、気分もすっきりし、 その夜もぐっすりと眠りにつくことができた。




レンタカーでの楽ちんな札所参り

   


   

 朝7時過ぎにホテルを出て、松山駅に向かった。駅前のレンタカー営業所に着くと、 予約しておいた車はすでに配車されていて、車種はダイハツの白いムーブだった。 手続きと料金を前払いで支払い、キーを受け取り、さっそくカーナビに54番札所の電話番号を入力し、 案内に従って出発した。車は市内をスイスイと走り、 やっぱり車で移動するのは本当に楽だなと実感する。朝食がまだだったので、 ちょうど市内の国道沿いにあったマックで腹ごしらえをした。
 朝食後、国道196号線を30分ほど走ると車窓には瀬戸内海の景色が広がり、 1時間ほどで対岸の広島県尾道とを結ぶ「しまなみ海道」の連絡橋が現れ、やがて今治市内に入った。 今治市内には6つの札所があり、54番「延命寺(えんめいじ)」、 55番「南光坊(なんこうぼう)」、56番「泰山寺(たいさんじ)」、 57番「栄福寺(えいふくじ)」と順番に参拝した。歩いて回ったら1日はかかりそうだが、 車ならわずか1時間半ほどで4つの札所を回ってしまい、 今までの苦労は何だったのだろうと思う反面、 歩き遍路ならではの楽しみが味わえない物足りなさも感じる。

   


   


   


   

 途中、昼食をとり1時間ほど休憩し、再び 58番「仙遊寺(せんゆうじ)、 59番「国分寺(こくぶんじ)と参拝し終えた。これで今治市内の6つの札所が終わり、 次の札所へ向かう。車のカーナビに札所の電話番号を入力すれば、ルートもおまかせとなり、 必ずしもお遍路道を車が走るわけではない。地図も必要なくなり、 カーナビの指示する道に従って、車を進める。
 車は松山自動車道の高速道路を経て、1時間ほどで西条市内に入った。実は道の順序を考えて、 札所を回る順序を60番を後回しにして、61番から64番までを先に回ることにした。 1時間ほどで 61番「香園寺(こうえんじ)」、62番「宝寿寺(ほうじゅじ)」、 63番「吉祥寺(きちじょうじ)」、64番「前神時(まえがみじ)」と順調に参拝を終えた。
 次の 60番「横峰寺(よこみねじ)」は標高700mほどの山頂にある札所で、 歩けばかなりの難所ひとつだ。車は幾重にも曲がりくねった細い林道を登っていき、 軽自動車で良かったと思うような道が続いた。1時間ほどかかって山頂の駐車場に到着した。 時刻はすでに午後4時を回り、太陽もすでにかなり西に傾いていた。急いで参拝し終え、 駐車場の車に戻るとすでに5時になっていたので、すぐ今夜の宿を探した。 車でどこまで回れるか見当がつかず、まだ宿を決めていなかったのだ。 ここから50キロほど先にあるビジネスホテルに電話すると、運よく空いていたのですぐに向かった。
 カーナビに指示されるままに運転し、車は再び高速道路を入り、 四国中央市のICを降りた。すでに辺りは薄暗くなっていたが、1時間ほどで到着した。 今夜の宿は「マイルド」という3階建てのビジネスホテルで、ロビーにはいろんな職業の方々がいて、 雰囲気も研修所のようなホテルだった。入浴後、食堂で大勢の宿泊客と一緒に食事したが、 周りを見渡すとどうやらお遍路さんらしき客は私一人のようだった。
 今日一日で7つの札所を回るハイペースで、車でのお遍路は足は楽だが、 見知らぬ土地での運転のため神経は疲れる。部屋に入って、 ベッドで横になって明日の予定を考えていたら、いつの間にか眠りについた。




涅槃(ねはん)の道場「香川県」入り

   


   

 午前7時過ぎ、すでに食堂は大勢の宿泊客の朝食でにぎわっていた。 宿泊客の中には建設現場で働く関係者の姿も多く、 食べ終わるとすぐ現場へ出かけて行った。私も朝食を食べ終え、7時半過ぎに身支度を整え、 フロントに行くとテーブルの上に「お遍路、気を付けていってらっしゃい!」 のメッセージの付いたおにぎり弁当が置いてあった。お礼を言って、ホテルをあとにして、 車に乗り込んだ。
 今日はまずここから4キロ先の郊外の山間にある 65番「三角寺(さんかくじ)」 に向かう。道中の山道はかなり傾斜があり、途中、何人かの歩きお遍路の姿を横目に見ながら、 車は登って行った。30分ほどで到着、落ち着いた雰囲気のきれいなお寺だ。参拝を終え、 再び車に乗り込んだ。この札所が愛媛県の最後の札所だったので、 次はいよいよ四国最後の香川県に入る。
 次の札所 66番「雲辺寺(うんぺんじ)」はここから20キロほど先になり、 カーナビに場所を設定して出発すると、車は高速道路へと案内した。 香川県に入り30分ほどでICを出ると、山道へと入っていく。 20分ほどで 雲辺寺ロープウェイ 乗り場に到着した。 札所は標高900メートルほどの雲辺寺山の山頂にあり、 全長2,594メートルのロープウェイに乗って、7分ほどで到着した。 ここは八十八ヶ所中で最も標高が高い札所で、 歩きお遍路にとって「お遍路ころがし」と言われる難所の一つ、冬には四国で唯一、 スキーができるという。気温が少し低いせいか、少し肌寒く感じた。 境内までの 参道には「五百羅漢」の石像 が立ち並び、 威厳のある本堂や大師堂にこの寺の風格を感じた。 帰りのロープウェイの時間を気にしながら、30分ほどで参拝をすませた。


やっぱり本場の讃岐うどんは美味しい

   


   


   

 車で雲辺寺山を下り、30分ほどで観音寺市にある次の 67番「大興寺」に到着し、 参拝を終えた。昼の12時近くになり、そろそろお腹も空いてきた。 ホテルで接待でいただいたおにぎり弁当もあったが、 その前にぜひ本場の讃岐うどんを食べたいと思って、 あらかじめネットで調べておいた店がこの近くにあるので、向かった。
 15分ほどで到着、店の駐車場には5台ほどのスペースしかなかったが、 車が軽自動車だったので運よく停めることができた。 気にしなければ通り過ぎてしまいそうな小さな店だったが、 看板には『 手打ちうどん、かじま』と大きく書かれている。恐る恐る店に入ると、 すでに10畳ほどの店内には常連と思われる客が10人ほどいてほぼ満席に近い状態だった。 私は相席に座り、この店の人気メニューの「釜揚げうどん小」(300円)を注文した。 店内は昭和の時代のレトロな歴史を感じさせる雰囲気があり、昔は散髪屋だったそうだ。 10分ほどで出来上がり、食べてみると評判どおりのうまさだった。麺はコシがあり、 口の中になめらかでスルッと入り、イリコだしのつゆも実に美味しい。 客も次から次へと入ってくるので、 私も10分ほどで食べ終わったがゆっくりできずに席を立った。
 再び車に乗り、観音寺市内に入り、街の中の同じ敷地内にある 68番「神恵院(じんねいん)」、 69番「観音寺(かんのんじ)」、続いて 70番「本山寺(もとやまじ)」を参拝した。 これで70番までの札所を回り終えたことになり、残すところ18札所となった。 やっぱり車で回るのは実に効率がいいと実感するものの、何か物足りなさも感じる。 車で回っていると道中の景色は流れていて、ほとんど記憶に残らないからだ。そうは言っても、 足と膝の痛みを考えれば、この選択で仕方なかったのだと自分に言い聞かせた。
 車は観音寺市を離れ、40分ほどで次の 71番「弥谷寺(いやだにじ)」を参拝した。 ここは参道から本堂までの階段が実に長く、これまで車で楽をしていた足や膝には少し応えた。


弘法大師の誕生の地「善通寺」の大きさに驚き

   


   


   

 車は善通寺市内に入り、72番「曼荼羅寺(まんだらじ)」、 73番「出釈迦寺(しゅっしゃかじ)」、74番「甲山寺(こうやまじ)」、 75番「善通寺(ぜんつうじ)」と続けて参拝を終えた。 中でも善通寺は弘法大師の誕生の地として知られ、真言宗善通寺派総本山で、 これまでの札所の中でも最大規模の札所だった。境内の総面積は約4万5千平方メートルあり、 東院、西院の東西二院に分かれ、金堂、五重塔などが建ち並び、 参拝者も多くかなりの人でにぎわっていた。 続いてこの日最後の 76番「金倉寺(こんぞうじ)」を参拝したが、 善通寺のにぎやかさに比べてしまうと、ひっそりとしていたのが対照的だった。
 すでに時刻も午後4時を過ぎ、車で15分ほどで、 あらかじめ予約しておいたJR土讃線の善通寺駅そばの「善通寺ステーションホテル」に到着し、 チェックインした。今日は実に12カ所の札所を回り、楽な車での移動とはいえ少し疲れた。 ホテルから外出し、駅前の小さな食堂で夕食をとった。 昼食に続いて讃岐うどんを食べたが、疲れた体には温かいうどんは何よりのご馳走だった。




結願へのカウントダウン始まる

   


   

 朝7時30分、ホテルをチエックアウトし、 カーナビにこれから向かう札所の電話番号を入力して出発した。 30分ほどで 77番「道隆寺(どうりゅうじ)」、 さらに30分ほどで瀬戸内海の宇多津港を見下ろす高台にある 78番「郷照寺(ごうしょうじ)」を参拝した。 続いて車は対岸の倉敷とを結ぶ瀬戸大橋を横目に見ながら、丸亀市から坂出市内に入った。 徐々に結願へのカウントダウンが始まっていることを意識しながら、 79番「天皇寺(てんのうじ)」、80番「国分寺(こくぶんじ)」を参拝した。


歴史の舞台となった屋島の古戦場を眺めて

   


   


   

 坂出市内を抜け、いくつもの曲がりくねった山道を登り 30分ほどで郊外の小高い白峰山山頂の 81番「白峯寺(しろみねじ)」に到着。 とても大きなお寺で、境内には宿坊もあった。参拝を終えさらに山道を走り、 同じ峰向こうにある 82番「根香寺(ねごろじ)」を参拝。 本堂まで続く石畳がとてもきれいなお寺だった。
 再び山道を下り、1時間ほどで高松市内に入った。 香川県の県庁所在地だけあって車の量もかなり多くなり、街の広い通りには大きなビルが目立つ。 街の中にある 83番「一宮寺(いちのみやじ)」に到着し、参拝。 続いて栗林公園の前を通り、市内中心地の県庁の通りを抜け、海岸に沿いに屋島へと向かう。 高松市内を一望できる高台に 84番「屋島寺(やしまじ)」があった。 このお寺はあの有名な鑑真和尚が創建したと伝えられる。境内はかなり広く、 駐車場から本堂まで参拝するにも少し時間が掛かった。
 帰りのドライブウェイの展望台からは、かつて平安時代の末期、 那須与一が平氏方の軍船に掲げられた扇の的を射落としたエピソードで知られる 古戦場跡 が見えた。

   


   


 屋島を後にし、ここから7キロほど先にある 85番「八栗寺(やくりじ)」へと向かう。 屋島の東側の標高366mの八栗山の山頂にお寺があるが、 参拝者用に「八栗ケーブル」が設けられている。時刻はすでに午後4時を回っていて、 札所の門限も近づいていたので、急いでケーブルカーに乗り込んだ。 この施設は昭和39年に開業し、 車両は同年に開通した東海道新幹線の0系をモデルにした流線形のケーブルカーだそうだ。 乗客は私を含めて2人だったが、わずか4分ほどで山頂に到着し、急いで参拝を済ませ、 帰りも同じ乗客2人でふもと駅まで降りた。時刻はすでに午後5時を回っていた。
 今日の予定はこれで最後となり、昼頃に予約しておいた7Kmほど先にある宿へと向かう。 さぬき市に入り、JR高徳線志度駅のすぐ近くの小さな旅館「栄荘」に着いたのは午後6時頃だった。 昔ながらの趣のある旅館で、70代ぐらいの女将さんが出迎えてくれた。
 風呂から出ると、夕食が用意されていて、私の他に3人のお遍路の泊り客がいて、 一緒に食事をとった。60代ぐらいの男性2人と女性1人で、 3人ともそれぞれ一人で歩きお遍路をしているそうだ。一人の男性は3回目のお遍路旅、 もう一人の女性は2日前から逆打ち(88番の札所から回る)を始めたばかりだそうだ。 もう一人の男性は私と同じで何回かの区切り打ちをして、明日、結願を迎える予定と話す。 遍路の経験豊富な二人が、これまでの体験談をいろいろと話していたが、 話にはちょっとついていけなかった。夕食は旅館なので和食かと思ったが、 デザートもあって洋食風なメニューだったのには驚いた。
 明日はいよいよ結願を迎えると思うと、少し気分も高ぶるが、 これで旅も終わるという寂しさも感じながら床についた。




ついに八十八カ所を結願(けちがん)!

   


   

 朝6時半の朝食後、出かける準備をしていると、 一緒に泊まった方々はそれぞれ「お先にと」順番に出発して行き、私が最後となった。 女将さんから玄関でお昼用のおにぎり弁当をいただき、私もお礼を言って出発した。
 今日でいよいよ残す札所は3つとなったが、 86番「志度寺(しどじ)」は旅館からわずか200メートルほどのところにあり、 数分で到着した。まだ朝早い時間なので、参拝する人もまばらだったが、いつものように本堂、 太子堂をそれぞれ参拝し、最後に御朱印帳に御朱印を押していただいた。
 続いて次の 87番「長尾寺(ながおじ)」には30分ほどで到着した。 境内の改修工事が行われており、トラックなどが出入りする中、参拝した。 次はいよいよ最後の札所、88番「大窪寺(おおくぼじ)」。 カーナビに電話番号を入力し、向かった。
 車は市街地を抜け、県道3号線の山道を進む。途中で、大窪寺まで5kmの道路標識が現れ、 国道377号線の山道を左に曲がった。道幅は結構広く、運転しやすい。途中、 歩きお遍路さんの姿をみかけ、「頑張れ!もうすぐ結願だよ」と心の中で声をかけた。 そして間もなく、目の前に 大窪寺の大きな山門 が現れた。

   

 山門をくぐり、広く静かな境内を少し緊張して、一歩一歩進む。 時刻はまだ8時半になったばかりで、境内の人影はまばらだった。 多くの人でにぎわっているとばかり想像していたので、少し驚いた。 奥の方へどんどん歩いて行くとようやく本堂にたどりついた。本堂の前は私一人だけで、 静かに手を合わせた。そして般若心経を唱えていると、これまでの辛かった思い出が浮かんできた。 そして納経所で 最後の御朱印と結願印 を押していただき、 「ああこれで終わった」という安堵感と「廻り終えた」という達成感で感無量な気分だった。


「お礼参り」で再び1番札所「霊山寺」へ

   

 多くのお遍路さんは結願した後、「お礼参り」として、 最初の1番札所「霊山寺(りょうぜんじ)」へ出かける。そこで私も参拝を終え、 1番札所「霊山寺」に向かった。大窪寺は徳島県との県境にあるので、 山を越えるとすぐ徳島県に入った。山を下り、徳島自動車道を通って約1時間で霊山寺に到着した。 1年半ぶりの境内には、真新しい白衣に身を包んだお遍路さんが大勢いた。 その当時の記憶がよみがえり、懐かしく感じた。そして参拝を終えると、 御朱印帳の大窪寺の隣ページに御朱印を押していただいた。
 次にその足で「鳴門のうずしお」観光に行き、 鳴門海峡 を見下ろす公園の展望台に登った。 ベンチに座って今朝、旅館でいただいたおにぎり弁当を広げながら、これまでのお遍路旅を振り返った。 これで「すべて終わった」と感慨深くつぶやき、鳴門海峡を行き交う船を眺めた。
 数日前、潮岬へ行く途中の電車で、 通りすがりの旅行中の男性から「お遍路は何が面白いですか」と聞かれたことを思い出した。 「それはやった人しか、解りませんよ。あなたもぜひ、やってみてください。」と答えた。 お金、体力、時間と日数をたくさん使って、何が面白いのかと言われれば、 返す言葉が見つからない。
 しかし、長い人生の中でこんな経験、だれでも簡単にできるわけではない。 一生に一度だけかもしれないが、こんな素晴らしい目的のある旅ができたことをまずもって感謝したい。 そして遍路の途中で出会った数多くの人々からいただいた温かいおもてなしの心、 そしてこの旅を快く送り出してくれた私の妻にも本当に「ありがとう」の感謝の言葉、合掌。(おわり)

12/12/2015    

















↑このページのトップへ