9月から始まったNFLのシーズンが、スーパーボール50で幕を閉じました。 今更またか、ですみません。今回で NFL2015 の記事は終わりです。

NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)には AFC (アメリカン・フットボール・カンファランス)と NFC(ナショナル・フットボール・カンファランス)があります。 1月31日にカンファランス優勝チームを決めるカンファランス・チャンピオンシップ2試合が行われました。 (NFL 加盟32チームやカンファランス下のディヴィジョン(地区)編成については こちら をどうぞ。)

AFC はカンファランスNo.2 ニューイングランド・ペイトリオッツ と No.1 デンバー・ブロンコス の対戦となりました。 ブロンコス のクォーターバックは39歳のベテラン、 ペイトン・マニング。 マニングはインディアナポリス・コルツに在籍中(1998年〜2011年)スーパーボール出場を2回果たし1度優勝。 2012年に現在のブロンコスに移ると、その翌年にブロンコスをスーパーボールまで導きました。 これまでに NFL MVPを歴代最多の5回受賞し、 スーパーボウルMVPにも選ばれている MFL 史上最高の選手の一人です。

昨年のスーパーボール・チャンピオンである ペイトリオッツ は、 今季も含め5年連続でカンファランス・チャンピオンシップに駒を進めている名門チーム。 そのクォーターバックが38歳の トム・ブレイディです。 2000年にペイトリオッツに入団したときの評価は低かったのですが、 翌年スターターになるとチームを4度のスーパーボール制覇に導きました。 スーパーボールに8回出場しているペイトリオッツですが、その王座、 スーパーボール・チャンピオンリングを手にしたのは彼の時代から。 3度のスーパーボウルMVP、2度の NFL MVP 受賞に輝くブレイディも NFL の歴史に名を残す選手です。

南部ルイジアナはニューオーリンズ出身の超大物「生真面目」マニングと、 カリフォルニア州サンフランシスコ近郊の出身で(記憶によれば)メンズファッション誌の表紙にも登場した「イケメン」ブレイディ。 私はこの二人のスター・クォーターバック対決を楽しみにしていましたが、 ブレイディが精彩を欠いているようで、試合は期待したほど面白くありませんでした。 AFC チャンピオンは 18対20 で勝ったブロンコス。

NFCもカンファランスとNo.2 アリゾナ・カーディナルズ とNo.1 サウスキャロライナ・パンサーズの対戦でした。 カーディナルズのクォーターバックにほとんどいいところがなく、 イケイケ・パンサーズが1549 でNFC 優勝。

第50回スーパーボールはその2週間後の2月7日、サンフランシスコ・49ners のホーム、 カリフォルニア州サンタクララで開催されました。 スーパーボールはカンファランスを勝ち抜いた2チームが、NFLチャンピオンの王座をかけて戦う、 全米で最も人気のあるスポーツイベントで、今年は勝ち残った デンバー・ブロンコス キャロライナ・パンサーズ の対決。スーパーボールは日曜日に行われますので、 その日をアメリカ人はスーパーボール・サンディと呼びます。時差の関係で日本では月曜日となるので、 私たちには待ちに待ったスーパーボール・マンディでした。

さてそのスーパーボールですが、メディアは、シーズンを通して向かうところ敵なし、 破竹の勢いで勝ち進んだパンサーズ(15勝1敗)の優勝を予想していました。 私たちもパンサーズを応援しました。でも結果は・・・ 2410 でパンサーズの負け。 パンサーズは攻撃中に相手に何度もボールを取られるし、クォーターバックは7回もサックされるし、 散々でした。

NFL JAPAN.COM のサイトによれば、ブロンコス、堅守で第50回スーパーボウル制覇! 実際スーパーボウルMVP はディフェンスの選手が獲得しています。イケイケが封じられてしまった・・・ でも・・・言わせてください。ブロンコスはNFL加盟が1960年で、 スーパーボール出場回数は前回2013年を含めて7回、優勝は1997年、1998年と2回あります。 かたやパンサーズはNFL加盟が1995年で、スーパーボール出場は2003年の一度だけ。優勝なし。 経験の浅い弱小チームがよくここまで来た、と私、彼らの健闘をたたえたいです。

NFLチャンピオンにはなれなかったけれど、今季 NFL MVPに輝いた若きスター、 ニュートン。怪我もあり、 今季のスーパーボールの栄光を最後に現役を引退するかもしれない マニング。NFL2015 シーズンの幕が閉じました。


2/14/2016    




こんにちは。ちゃたーです。今日もNFLのお話です。興味のない方、ごめんなさい。

先週末(16・17日)はプレイオフ、ディヴィジョナル・ラウンド4試合が行われました。 第1試合は、シーズン始めこそ絶不調でしたが、その後、 ワイルドカードでヒューストン・テキサンズに30対0で完勝するなど絶好調の カンザスシティー・チーフス と、 ワイルドカードをパスして初戦の ニューイングランド・ペイトリオッツ 。 ペイトリオッツは侮れない相手とはいえ、チーフス、勢いも無くクォーターバックが不調で、結果 2027でペイトリオッツが勝ちました。

第3試合 シアトル・シーホークス VS キャロライナ・パンサーズ(初戦)は、 2431でパンサーズの勝ち。 前半は、シーホークス0点、初戦パンサーズ31点で、 シーホークスの好きな私は惨めな思いでしたが、後半残り1分でシーホークス7点差まで追いつき、 来年は期待してるから頑張ってね、とシーホークスにお別れを言った私です。

第4試合は ピッツバーグ・スティーラーズ と、 初戦の デンバー・ブロンコス の試合。 こちらは追いつき追い越せのゲームでしたが、以外にもスティーラーズがいい感じで試合を進めていました。 ところが第4クォーター、勝っていたスティーラーズが、 このプレイが成功すればタッチダウンか悪くてもフィールドゴールという場面で、 まさかのファンブル、持っていたボールを叩き落されてしまったんです。ブロンコスの攻撃に変わり、 残り時間3分ほどでブロンコス逆転。そのまま1623 でブロンコス勝利で終わりました。もしファンブルがなかったら、 あってもスティーラーズがリカバーできたら・・・きっとスティーラーズ勝利で終わったに違いないと思う反面、 偉大なるクォーターバック・マニングを持つブロンコスはどちらにしろ負けなかっただろうな、と思ったことでした。

さてさて最後に激戦だった第2試合、グリーンベイ・パッカーズ VS アリゾナ・カーディナルス。 解説者が「何ということを・・・信じられない」というほどの迷プレイもありましたが、 タッチダウン・パスを含むいくつかの最高のプレイに最後の最後まで驚かされた試合でした。

逆転また逆転で最終場面を迎え、7点差で負けてたパッカーズ。 時間的に絶体絶命、というところでパッカーズのクォーターバック、 ロジャーズが不安定な体勢からタッチダウン・パスを投げました。 そして3人ほどのカーディナルズの選手に囲まれていたパッカーズの選手、そのパスをキャッチ。 目を疑うほどのすばらしいプレイでした。 と、その時テレビ画面に映し出された時計を見ると残り時間、0秒。エキストラポイントのキックも成功し、 パッカーズ、まさに最後の瞬間で20対20と同点に追いついたのでした。

そこで延長戦。カーディナルズがコイントスで攻撃権を得ました。 延長戦では先攻のチームが絶対に有利です。 以前は先攻チームが、フィールドゴールでも何でも点を入ればその時点でゲーム・オーバー、 後攻のチームはプレイすることなく負けでした。 配慮の結果現在のルールでは、もし最初の攻撃でタッチダウンの場合のみゲームは終了となり、 それ以外であれば、どちらかのチームが点を入れるまで試合は続きます。 そしてこの試合、そのまさかのタッチダウンで終わったんです。

カーディナルズのクォーターバックのパスをキャッチしたのは、 私の好きな選手の一人であるフィッツジェラルド様。彼はあれあれあれとパスを含めて75ヤード進み、 そしてその後、彼がタッチダウンに成功したんです。 延長戦が始まってあっという間、信じられない展開でした。 この場合エキストラポイントはありませんから、最終スコア 2026でカーディナルスの勝利。 夫と私、この試合中何度ワーとかあーとか叫んだことか。


今回のディヴィジョナル・ラウンドではホームチームというか上位チームがすべて勝ちを収めました。 今週末はカンファランス・チャンピオンシップの2試合あります。 どうぞお楽しみに。チャターの実況でおおくりしました。

1/25/2016    



新しい年が始りました。今更新年の抱負でもないですが、お友達からデジカメを借りられたので、 カメラというものをほとんど始めて手にするちゃたーですが、動画にトライしたいと思っております。 よろしくお願いいたします。


さて今年の初記事はNFL。NFLはレギュラーシーズンが終わり、 日本時間の先週の日曜日からプレイオフ第1週、ワイルドカード・ラウンドに突入しました。 夫と私は4夜連続でNFLの録画を見ましたが、どれも面白かったです。 特に第2戦と3戦は、最後の最後で強烈なドラマが展開されるという、 何が起こるかわからないNFLを目の当たりにした試合でした。

シアトル・シーホークス ミネソタ・バイキングズ の第3戦は、 バイキングズの本拠地ミネアポリスで行われました。 バイキングズの老朽化したドームが屋根の崩壊でついに解体となり、屋外の試合で、 画面の気温表示を見たらー6°F(華氏)。

夫に、寒いです、と言われても、華氏でマイナスなんてどのくらい寒いか見当もつきません。 換算式 ℃ =(5/9)x (°F-32)を使って計算すると・・・なんとまあ摂氏ー21度ほど。 NFL史上3番目の寒さとのことですが、実際、吐く息は白く、 雲のように選手やジャッジの周りに固まっています。

極寒の地での過酷な試合にこちらまで寒くなりそうですが、アメフトはマッチョなスポーツ。 マッチョ自慢のアメフト選手の中でも特にマッチョな選手は、まさかの半袖。 さらに、カメラが観客席のファンを写したのですけど、そこに、 笑ってカメラに手を振っている上半身裸の若い男性がいました。 屋外の試合では、観客席にこうした男性が必ずといっていいほどいますが、このファンにはさすがにびっくり。 アメリカ人が crazy なのか、それともスポーツって、若さって、こんなものなのか。

ところで肝心の試合のこと。最終(第4)クォーターも残り26秒の時点で、 バイキングズがフィールドゴールの体制に入りました。 シーホークスとバイキングズのスコアは10対9。 ゴールまでの距離は普通だったら外さない短いもので、 3点入ってバイキングズ、逆転勝利!といったシナリオを誰もが疑いませんでした。 夫と私はシーホークスのファン。がっかりしてボールの行方を見ていたのですが・・・ そしたら・・・キッカーが・・・まさかの失敗をして・・・ゲーム終了。 10 のままシーホークスが勝っちゃいましたぁ。 アナウンサーは、キッカーはプレッシャーに負けたんだろう、とコメントしていましたが、 不運で不幸なキッカー。

順番が逆になりましたが、ピッツバーグ・スティーラーズ シンシナティ・ベンガルズ の第2戦も土壇場劇があった、 めちゃくちゃな試合でした。

前半は調子の悪かったベンガルズ、試合も最終場面で15対16と勝利目前でした。 スティーラーズはクォーターバックが怪我をし、絶望的な状況。 スティーラーズ・ファンの私は不機嫌になり、録画を削除しようと思いつつも惰性で見ていたのですが・・・ すると・・・勝利を目と鼻の先にしたベンガルズの、15ヤードという大きな反則・・・ さらに続けてもう一度15ヤードの反則・・・そして残り時間は何10秒・・・と信じられない展開に。 反則が1度だったら攻防が変わりベンガルズは勝利を手にしました。 ところが2度のあり得ない大反則で、こちらスティーラーズのキッカーはフィールドゴールに成功、 結果1816 でたなぼた式にスティーラーズに勝ちが転がり込んできたのです。 ベンガルズの最後の最後での大混乱、何が引き起こしたのでしょうね・・・



ワイルドカード4試合、終わってみれば下克上で、ホームチームがすべて負けました。 今週から夫と私は再び4夜連続でディヴィジョナル・ラウンドの試合を見ます。 プレイオフで面白い試合がありましたらまた書きますね。

1/18/2016    







今日は2015年の最終日。後何時間かで年が明けます。 ゲストの皆さま、読者の皆さま、本年も本当にありがとうございました。

今年の記事の総数を数えてみたところ、ちゃたーの記事が10本、ゲストの方は18本でした。 ゲストの方の旅行記、うるう秒、キラキラネーム、宇宙旅行の話しなどすべて興味深かったのですが、 嬉しいことにそれに加えて今年は、写真だけでなくアラカルト初の動画、そして初の漫画が登場しました。 ゲストの皆さまには心よりお礼申し上げます。

では皆さま、よいお年をお迎えください。


12/31/2015    




11月17日から19日まで、2泊3日のひとり旅をしてきました。去年も行きましたが、 去年のコースは石巻や釜石をとおる南三陸でしたので、今年 は北三陸地方です。 前半は乗り鉄として、後半は宮澤賢治信者としての旅でした。 乗り鉄の撮る写真は、本人には意味があっても、 普通の人にとっては車両が写っているだけのものがほとんどなので、 今回は旅の途中で得た「もの」や「こと」の紹介にします。
















今年の経路と関連する乗車券類。
乗り終えた乗車券は、最終下車駅の改札に申し出れば無効証明をしてくれますが、 駅によっても無効の表示には差があります。 宮古駅では「乗車記念宮古駅」を押してくれますが、蒲郡駅では愛想のない無効印です。

1泊目の宮古の旅館の朝食メニュー。朝食つき1泊の安い料金なのに、 いままで見たこともないような豪華朝食でした。この旅館は津波に流されて、 移転して建て直した旅館です。宮古の浜の電柱の多くには、 見上げるような高さに津波の表示がありました。
「海中をはしるがごとし三陸の道標に見る『浸水ここまで』」   町田市 富山俊郎 (11.23 朝日歌壇)

駅の売店にあった宮古ことばの缶バッジです。 「ねぷかげすんな!」=「居眠りするな!」だそうです。バッジをクリックすると、 宮古のバスの車内で拾った、二人のおばあさんの会話があります。 バスのドアの開閉音のあと前席で続 く会話ですが、津軽ことばと同じく難解です。 でも、これが旅のすばらしさ。はっきり聞こえる車内アナウンスは、 この宮古ことばの会話と比べれば無機質。

2日目の朝乗った、宮古の名勝浄土ヶ浜の遊覧船は、 津波のとき沖へ逃れて一隻だけ助かったものだそうです。 定員150名の船の今朝の乗客は私ひとり。 かわいらしいガイドさんが私ひとりに説明してくれて、 たいへん贅沢な1時間の船旅でした。

NHKの朝のドラマで有名になった三陸鉄道北リアス線はとても興味があり期待した路線です。 私はドラマを見なかったのでよく知りませんが、 同じ三陸鉄道南リアス線が津波で寸断されたのに対して、 北リアス線はすぐに営業ができたのはなぜだろうと不思議だったのです。 乗ってみてわかりました。 北リアス線の路線のほとんどは海を下に見ながら高いところを通るいくつものトンネルの中を走るので、 あまり景色が見えないのです。見えるところは断崖の上で、そこでは景色を見るためだけに、 1分ほど停車してくれるのでした。平らな砂浜が少なく、 山稜がそのままなだれこむように海に迫っている「リアス式海岸」の地形がよく分かりました。

久慈でJR八戸線に乗り継ぎ、名物駅弁うに弁当を食べながら、 1時間あまりで着いた無人駅「種差(たねさし)海岸」で途中下車しました。 八戸線は 2時間に1本なので、この間に海岸に出て景色に触れました。 司馬遼太郎の「街道をゆく」シリーズの「陸奥のみち」を読んだからです。
------ 浜は断崖になっている。墨汁のように真黒な火山灰の土で、 浜に接続して海中に地球の骨とも言うべき岩山があり、 (中略)どこかの天体 から人がきて地球の美しさを教えてやらねばならないはめになったとき、 一番にこの種差海岸に案内してやろうとおもったりした。------

2日目の夜は八戸市内のホテルに泊まりました。 ビジネスホテル的な雰囲気なのに天然温泉があるという、ちょっとおもしろいホテルです。 省力化で宿 泊料を安くしてあるから、設備は悪くない、 というのがホテルのうたい文句でした。初めて見たのが、このホテルのルームキイ。 レシートに印刷してあ る番号をドアの端末に手入力するのです。 だから(レシートか….)とうっかり無くしたりすると部屋に入れなくなるのでたいへんです。 私は一生懸命番号を覚えました。今でも言えます(笑)

3日目の午前は盛岡市内の循環バスフリー切符を有効に使って、 市内各所にある宮澤賢治の詩碑を尋ねて歩きました。花巻は賢治の生地ですが、 盛岡は彼の青春時代を過ごしたところとしての足跡があります。 写真の詩碑は最後にようやく見つけた碑。詩碑というものはみんな大きなものだ、 と思っていたら、これは落ち葉の中に半ば埋まるほどの小さな碑でした。 地図ではたしかこの辺りな のに見あたらず、公園で本を読んでいた女性に聞いたら、 「さあ? よく知りませんが、そこにもあります」 と目の前の落ち葉の下を示してくれたところにありました。
「川と銀行 木のみどり まちはしずかに たそがるる」

盛岡のまちには、賢治ゆかりのモニュメントが路の両側にいくつか置かれている通りがあります。 賢治の「注文の多い料理店」の初版本を出版した光原社という書店 (現在は書店としては営業していない)がまだあって、 その店のある「材木町」という通りがそれです。「セロ弾きのゴーシュ」のセロもありました。 「セロひきゴーシュ」としてはどうしても、いっしょに座らなくてはなりません。 そして旅もここで締めくくることにします。

                                                                         12/20/2015

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