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名古屋中部国際空港 9:45 発の JL821便に乗って3時間半あまり、 台北・桃園国際空 港(左)に現地時間 12:15 に到着(時差マイナス 1 時間)。 気温は 23℃、曇り空、 湿度も思ったより高くなく、丁度よい気候だ。入国審査を終え、 到着ロビーでは現地ガ イドが出迎え、各地から集まったツアー参加者総勢17名がここで合流した。
空港からバスで台湾高速鉄道(台湾新幹線)桃園駅(右)に到着、ここから新幹線で高雄へ向かう。


 
 
台湾新幹線の切符(左)。高雄まで1,260元(約4,580円)の運賃。車両は700T型で、 日本が輸出用に700系をベースに製造した。運行システムはドイツ、フランスの技術を使い、 日欧混在で運行されている。


 
 
2時間ほどで高雄の左営(ツォイン)駅に到着。駅前の三越デパート(左)の1Fにはおなじみのセブンイレブンがあり、 店内に入るとすぐ、卵のおでん?(右)があった。地元では人気の食べ物で茶葉蛋(チャーイエダン)といい、 お水にお茶と醤油や砂糖、塩、漢方などと一緒に、軽く割れ目を入れた卵を殻のまま投入して煮こんだもので、1個8元(約29円)。 トングで横においてある袋に入れ、レジへ持って購入、みんなで一緒に試食、なかなか美味しい。


 
 
観光バスで高雄市内最初の観光地、龍虎塔で有名な「蓮池潭(リャンチータン)」(左)に到着。 この塔は「龍の口から入り、虎の口から出ると、悪行が祓われる」と言われており、 夕闇の蓮の湖面に塔のシルエットがとても美しく映えていた。
夕食は地元の海鮮料理レストランでエビ、イカなどの料理を堪能した。 食後は市内の繁華街・六合二路で毎晩開かれている夜市を見学。活気に満ちた屋台が無数に並び、 地元の人、観光客でごった返してまるでお祭りのような雰囲気だ。夕食を食べたばかりで、 様々な食べ物が売られていたが、何も買わずに、その夜のホテルへ入った。



 
 
翌日も曇り空。朝食後、バスで高雄市街が一望できる寿山公園に到着。 公園からは高雄港が少しかすんで見える(左)。階段を上った公園の高台には日本統治時代の高雄神社 (現在は忠烈祠の名称)があり、抗日戦争の英霊が祀られている(右)。


 
 
高雄を後にして、一路、台南へと向かう。1時間ほどで台南に到着。 赤カン楼(せきかんろう)という1600年台にオランダ人によって築城された旧跡(左)を見学した後、 昼食は台湾料理として有名な赤カン担仔麺(チーカンタンツーメン)を食べた。 この台南でしか食べられない一品で、エビとカツオのだしが効いて、美味しかった。


 
 
台南から再びバスで、1時間ほどで嘉義郊外にある故宮博物院・南院を見学(左)。 ここは台北の故宮博物院の南院として、広大な敷地内に建てられ、 アジア文化をテーマにした数々の所蔵品が展示されていた。2時間ほどで見学を終え、 再びバスに乗り、嘉義市内に入ると、 車窓からは見慣れたクロネコヤマトの宅配便トラックが走っているのを見つけた(右)。 今夜の夕食は嘉義名物・鶏肉飯などの郷土料理をレストランで美味しく食べ、宿泊ホテルに入った。



 
 
朝食後、再びバスにて日月潭(左)へ向かった。途中から山道に入り、 2時間ほどで標高749mの日月潭に到着した。ここは台湾の3大観光地の一つで、 夕方になるとエメラルド色に輝く台湾最大の淡水湖があり、名前の由来は、 清朝の将軍が湖面を見て「北側は日輪の如し、南側は月輪の如し」と語ったのが始まりと言われている。 湖畔の北部には文武廟(右)が建っており、文の神・孔子と武の神・関羽が祀られている。 日本統治時代の1934年に完成したが、1999年9月21日の大地震で、大きな被害を受けたが、 見事に現在は復興されている。
1時間ほどの見学を終え、再びバスで台中へ向かう。台中では金色の大仏で有名な「宝覚寺」を見学し、 昼食では「客家(はっか)料理」を美味しくいただいた。そしていよいよ最後の都市、台北へとバスで向かう。


 
 
2時間半ほどで台北市に入り、40分ほど郊外にある天燈(ランタン)飛ばしで有名な十分(シーフェン)に到着。 ここはローカル線の十分駅線路の両側にある商店街で、ここで天燈を買って願い事を書いて飛ばすことができる。 元は台湾の旧暦『元宵節』を祝う行事が由来で、現在は観光客向けに年中、天燈飛ばし体験ができる。 私たちツアー一行もそれぞれグループで、願い事を書いて天燈飛ばし体験を楽しんだ。


 
   
あたりもすっかり夕暮れとなり再び、バスで再び台北市内へ。さすがに台北は台湾の中心都市だけあって、 近代的なビルが立ち並び、街並みもきれいだ(左)。
そしてひと際目立つのは高さ509m、地上101階、地下5階のビル「台北101」(右)だ。 2004年に、当時世界一の超高層ビル(現在は世界3位)として、日本の熊谷組が施工した。 エレベーターは時速60.6Kmで世界最速としてギネスに認定されている。


 
 
この101ビルの地下1階の点心料理「鼎泰豊(ディンタイフォン)」が今夜の夕食場所。 ここは事前に予約ができないため、入り口はすごい客の列。 我々一行は101ビル内のショッピングをしている間にガイドさんがすぐ手配してくれたので、 5分ほどで入ることができた。店内にはガラス張りの調理室があり、小籠包を包む職人さんの姿が見える(左)。 席に着くと菜肉蒸餃(野菜入り蒸し餃子)、蝦仁焼賣((エビシュウマイ)、 そしてかの有名な小籠包(右)など本当にこれこそ誰もが満足できる味に舌鼓だった。
そして宿泊ホテルにチェックインした後、ガイドさんがおすすめの台湾マッサージにみんなで出かけた。 志村けんがTVで紹介して日本でも有名な「豪門世家理容名店」という店で、1時間コース1000元(約3800円)、 足踏み、温湿布による全身マッサージで日本式よりもかなり気持ちよく、旅の疲れがとれ気持ちよかった。 その夜はおかげでぐっすり眠ることができた。



 
 
今日は、ツアーの最終日。バスで最初に訪れたのは、市内にある学問・商売・安産・ 縁結びなど多数の神様が祀られているパワースポット「龍山寺」という寺院(左)で、 ご利益を求める大勢の人々でにぎわっていた。そして最後の観光になるお茶セミナー(右)へ。 お茶屋さんの講師がいろんな台湾茶の淹れ方のいろはを教えてくれるものだが、 終わった後は試飲したお茶をお土産にどうぞというもの。要はセミナーという名を借りたお土産屋さんなので、 一般的な価格よりやや高めのものが多いような気がした。
ツアー最後の昼食となる台湾料理を食べた後、海外旅行ではお決まりの免税店へ立ち寄り、再び台北・桃園国際空港へ。


 


上空に夕日が沈む15:45発のJL822便に乗り(上)、名古屋中部国際空港着19:20(時差プラス1時間)、 帰途に着いた。
3泊4日のツアーを振り返って、日本の統治時代の遺産が数多く残っている台湾という国にとても親しみを感じた。 かなり駆け足での旅だったが、台湾の美味しい料理をいただき、自然と文化をこの目で見ることができ十分に堪能できた。 いつしかこの国にもう一度、ゆっくりと訪れたいと感じた旅だった。



台湾で見かけた看板の数々には、日本人にはちょっと理解できないものが多 くありました。あなたはわかりますか、この漢字の意味は?

 

                ●火車(フォツァー)・・・・・・・電車
                ●火車站(フォツァーツァン)・・・駅
                ●汽車(キーチァ)・・・・・・・・自動車
                ●機車(キァチァ)・・・・・・・・バイク
                ●高鐡(ガォティエ)・・・・・・・新幹線
                ●飯店(ファンティエン)・・・・・ホテル
                ●計程車(ジーチェンチャー)・・・タクシー
                ●月台(ユェタイ)・・・・・・・・プラットホーム
                ●餐廳(ツァンティン)・・・・・・レストラン
                ●服務台(フーウータイ)・・・・・インフォメーション
                ●9折(ジォジャー)・・・・・・・10%オフ
                ●美國(メイクオ)・・・・・・・・アメリカ
                ●徳國(ダークォ)・・・・・・・・ドイツ
                ●法國(ファークォ)・・・・・・・フランス


《台湾の通貨》
 

紙幣: 100元、200元、500元、1000元、
          2000元の5種類
硬貨:1元、5元、10元、20元、50元の
         5種類
※1元(ユェン)=日本円で約3.69円
         (12月16日現在)


《台湾の物価》
 

・餃子1皿 30元
・1リットルパックジュース 30元
・ガソリン(11リットル) 35元
・タクシー 初乗り 70元、
                  300元で10km以上は可能
・コンビニ おにぎり 30元、カップ麺 60元
・マクドナルド チーズバーガー 19元
・バナナ 1本13元
・ビジネスホテル 1泊500元〜




12/22/2016    




クリント・イーストウッド監督の映画「ハドソン川の奇跡」を観ました。俳優としての彼は、 「マディソン郡の橋」で売り出していますが、「ダーティハリー」シリーズでは、 不死身の刑事として拳銃を巧みに操ります。
しかし、俳優としてよりも、監督としてのクリント・イーストウッドの方を私は高く買っています。 「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」など、戦争をシリアスに考え、 観る者にも考えさせる静かな主張を持った人だと思います。

 「ハドソン川の奇跡」ですが、2009年1月、極寒のニューヨーク上空で全エンジン停止の事故機を、 ハドソン川に不時着水させ、乗客・乗員155名全員の安全を保った機長の話です。


 しかし、ここでの主題は映画の事ではなく、映画のなかで出てきた love についてです。 この映画には love がよく出てきていましたが、 私が覚えているのは、トム・ハンクス扮する機長が、 家に帰れなくて妻に電話して、幼い娘たちに伝言を頼んでいるとき。
  "Tell them I love them deeply." 字幕では「娘たちにうまく言っておいてくれ」
 別々に救助され、別々の施設に分かれて収容された父子。互いに電話連絡ができて喜びあう。
 父が息子に  "John! I love you."
 息子がそれに応えて  "I love you too! Dad!"
 字幕は正確には覚えていませんが、「ジョン! 嬉しいよ」「僕もさ! 父さん!」

 あの「まさかのトランプ氏」も love がありましたね。 まさかの当選のあとの勝利宣言で  "We are U.S.A.!   Come together all!   I love YOU!"

 こうして見てくると、日本語でのの使われ方は、 ほとんどが恋愛感情の表現として使われていて、英語の持つ love よりも狭いのではないかと思います。明治時代、 西洋思想・西洋文化が日本になだれ込んできた時、 それらをなんとか日本語に置き換える困難な仕事をした文学者や役人たちは、 をそれまで仏教用語として存在した に置き換えたのだそうですが、 すこし違うようですね。もともと日本人の精神風土にない感情表現の言葉でしょう。

 似たようなことは「友情」「友人」などの「友」も、幕藩体制の日本社会にはなかった言葉、 感情だそうです。司馬遼太郎によれば、それまでの日本人の成人の対人関係は、身分制のなかでの上下、 主従関係で表され、対等な人格同士というものは希薄であったそうです。幕末になってから、 対等な関係を表す敬称、「〜君」とか「〜さん」が生まれ、新しい社会を目指す人たち、 新撰組や坂本龍馬などが好んで使ったそうです。
12/6/2016    




私は船を撮影するのが好きです。 セロひきゴーシュさんが撮影された
日本丸 が蒲郡に来ていたときには、残念ながら都合が悪く見学できませんでしたが、 姉妹船の「海王丸」は見ることができました。海王丸も日本丸と同じく航海練習船で大型練習帆船です。

ご紹介する写真は、帆を張った海王丸の帆を降ろす作業が中心で、 蒲郡港にて2014年7月18日に撮影したものです。 動き出さないようタッグボートで岸に押しつけられている帆船の、 高いところに登って作業する訓練生は大変そうでした。 私にはとても・・・・と、若い訓練生の顔が眩しかったです。
















































11/25/2016    



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