初めてのかわら屋根

 むかし、小野ヶ谷に、まだかわら屋根がなかったころです。
 川をはさんで、竹やぶや木立ちの間に、同じようなわらぶきの屋根が並んでいました。その中で、少し目立った家が、川の西と東に一けんずつありました。
 西は小兵治という大百姓、東には角七という大地主が住んでいました。
 小兵治は、朝早くからこつこつと働き、山を開こんしては畑をつくり、山の沢のおくのおくまで田んぼにして、少しずつ田畑を増やしていきました。
 角七もまた、朝早くから小作の田畑を見回り、何かと世話を焼いていました。その一方で、困っている百姓にお金を貸しては、返せないと田畑を取り上げて、土地を増やしてきました。
 二人は仲良く見えましたが、角七が屋敷の周りに石垣をつめば、小兵治は木を植えて屋敷を囲うというように、何かにつけて張り合うのでした。
 秋のとり入れも終わったある朝、道で小兵治に会った角七は、
「やあ、小兵治さ、天気もええし、いいあんばいじゃのう」
と言って立ち止まりました。
「じつはなあ、欠村の大庄屋の家を見てきたけど、そりゃありっぱなもんだったぜ」「あそこはむかしからりっぱな家だで、今に始まったことじゃあねえ」
 小兵治が言うと、角七は手を大きくふって、
「いや、いや、そうじゃねえ。屋根をかわらにしたからだ。ありゃいい、庭までりっぱに見えてくるからのう。おまえさんとこもいい庭つくらしたで、今度、かわらにしてみちゃあどうだえ」
 小兵治の顔をのぞきこむように言いました。
「いや、いや、とてもとても、……」
 そう言いながら、小兵治も悪い気はしませんでした。

 それから十日ほどたった日のことです。
 角七の家の周りを、職人風の男たちがせわしそうにしています。小兵治が近づいて見ると、何とわらぶきの屋根をかわらにかえているではありませんか。
「ううん、角七のやつ……」
 自分もいつかはと思っていたので、小兵治は大変くやしがりました。
 夕方、村で初めてのかわら屋根ができたというので、近くの村人たちがわいわい集まって来ました。
「角七つぁんは、てえしたもんだ」
「小野ヶ谷のじまん話になるのう」
 角七はまるで聞こえないふりをして、庭石にどっかりとこしをおろしたまま、いかにも満足そうな顔で屋根をながめていました。
 そこへ何の前ぶれもなく、代官が二人の家来を引き連れてやって来ました。角七は、あわてて立ち上がり、代官に深ぶかと頭を下げました。
 代官は角七の方を見ながら、扇子をパッと広げて、
「おお、みごとなかわら屋根じゃ、あっぱれ、あっぱれ」
と、大きな声でほめたたえました。
 代官にほめられた角七は、天にものぼる気持ちでした。
「やれやれ、これでわしの大仕事もすんだわい。小兵治には負けておれんからな」

 それから、しばらくたったある日、代官から一通の書状が届けられました。うきうきしながら、さっそく目を通した角七はびっくりしました。
「な、なんだこりゃ。十五両もの上納金を納めよだと、何かのまちげえだ」
 角七は、その足で代官所にとんで行きました。あわてふためいている角七に、代官は落ち着きはらって言いました。
「今、殿は大変お困りのご様子だ。江戸屋敷の修復をして借金もかさんでおる」
 代官は一息入れると、続けて言いました。
「そこでだ。先日も村むらの庄屋を集めて、上納金の割り当てをしたばかりだ。角七、おまえの割り当ては十両だったな」
「とんでもねえ、十五両になっていますだ」
「ああ、そうそう、そのことだが、あとの五両は、先日のみごとなかわら屋根に出してもらおうと思ってな」
 五両といえば、半年は楽に暮らせる大金です。角七はあれこれといいわけをしましたが、結局取り上げてもらえませんでした。家に帰った角七は、じまんのかわら屋根を、いまいましい思いで見上げ、大きなため息をつきました。

  *上納金 ……… 殿さまに納めるお金。


〔 解 説 〕

 わらぶき屋根がかわらに変わってきたのは、そんなに古いことではない。昭和十年代には、旧国道沿いの街部を除けば、ほぼ半数の民家はわらぶき屋根であった。
 屋根がかわらに変わるまでには、百年余の歳月がかかっている。この話は、その始まりのころ、もの珍しさと、それを上納金の口実にした役所とを、なかば笑い話として語りついできたものだろう


もくじへ

「やろまい館」にもどる