浜に上がったくじら

 欠の漁師たちは、風さえなければ、毎晩のように海へ出かけました。
 宇吉は、父親がこしを痛めてから、弟の千代吉と二人で舟に乗っていました。
「おとう、そいじゃ、今からあみ打ってくらあ」
「たんと、とってくるでな」
「おお、浅瀬に乗り上げるじゃねえぞ」
 宇吉と千代吉が外へ出ると、満月の明かりが引き潮の浜を照らしています。いなの追いこみ漁には、もってこいの夜でした。港の方へ回り、さっそく舟に乗りこみました。
「さあ、いくぞ!」
「おおっ!」
 宇吉のいせいのいい声に、千代吉も答えてこぎ出しました。
 舟は干がたを回って、玉屋川の河口沖にさしかかりました。
「ようし、あみを打つぞ」
 千代吉があみに手をかけたとたん、
「ありゃりゃ、へんだぞ!」
 すっとんきょうなさけび声をあげました。
 舟のへ先がぐっ、ぐぐっと、持ち上げられていくのです。
「しまった、乗り上げたか?」
 宇吉が大声を張りあげ、かじをとろうとした時、舟は大きくゆれ、あっちへぐらぐら、こっちへぐらぐら。
 とうとう、兄弟は海へ放り出されてしまいました。

「千代、だいじょうぶかあ」
「おお、兄ィも、いいか」
 二人は声をかけ合って、もがきもがき、何とか浜辺にたどり着きました。
 ふり返った二人はびっくりぎょうてん。
「な、な、なんだ、ありゃ!」
 月明かりの中に、ぬめぬめと黒光りのするえたいの知れない怪物が、うねるようにもがいています。
「大変だ、大変だ」
 とにかく、みんなを呼ぼうとかけ回りました。
 次つぎと漁師仲間や近所の人びとが集まって来ました。不気味な生き物を指差しながら、さわぎはどんどん大きくなっていきます。
 とつぜん、
「くじらじゃ、あいつはくじらじゃ」
 人垣の後ろの方から声がしました。見ると、いつの間に来たのか、宇吉の父親が、つえを片手にさけんでいます。
「おっとう、体はいいのか」
「何の、何の、この浜のさわぎに、おれがだまっておれるか」
「さあ、何ぐずぐずしとる。早くあいつを引き上げるんじゃ。つなとろくろを持ってこい」
 おとうは一段と声を張りあげて、漁師たちに指図しました。

 海岸の松の根元に地引きのろくろをしばりつけ、そこから太い、長いつなを引っ張り出しました。
 漁師たちとくじらのかくとうです。何度も尾でたたきつけられ、そのたびにやり直しましたが、とうとう、くじらの尾につなを巻きつけました。
 ろくろがゆっくり回されると、大きなくじらはズルズルズルと浜辺に引き上げられました。
 わっと言う声が黒山の人だかりからあがりました。庄屋さんもやって来て、思わぬえものに大喜びです。
 次の日、村じゅう総出でくじらをさばき、くじら寄り合いが開かれました。一部分はお上へ差し出し、残りは村人たちで分けました。
 もちろん、一番分け前の多かったのは宇吉、千代吉の兄弟でした。

  *ろくろ ……… 地引網など重い物を引いたり、上げたりするのに使う滑車。


〔 解 説 〕

 この話は、江戸時代の末期、安政三年(一八五六)のでき事で、牧野栄助が日記風に書いた古文書にあったものである。
 浜に上がったくじらは、長さ、胴回りともに二十間(約三十六メートル)となっているが、少し大げさな表現ではないかと思われる。しかし、それだけ驚きが大きかったのであろう。
 なお、くじらは当時のならわしで、役所へ四分、村人に六分の割合で分けられたようである。


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