筆捨ての大松

 むかし、幡豆の村むらには、空をあおぐほどの大きな松が何本もありました。
 中でも、ひときわみごとな松が、山口村の入り口に立っていました。
 この松は、幡豆から形原へぬける道すじにあったので、ここを通る人はみな立ち止まって大松を見上げたものです。
 ある春のうららかな日、一人の旅人が、大松の前に立ちました。
「ほう、これはみごとじゃ。ぐんとのびた力強い枝ぶりといい、天に向かってそびえ立つどっしりしたかまえといい。よし、わしがぜひとも絵にかきあげてみよう」
 旅人は、大松の近くにあった小さな宿屋へ行きました。
「ごめんくだされ。しばらくとめてもらいたいんだが、部屋は空いていますか」
「へえ、お客さん、あいにく、今日は空いた部屋がねえんで……」
「うーむ、それは困った」
 ちょうどその時、近くに住む養寿院のおしょうさんが、旅人の話を聞いていました。「旅のお方、よろしければ、うちの寺に来なされ」
「これはこれは、ご親切に、ありがたいことじゃ。ぜひおたのみします」
 旅人は寺に着くと、おしょうさんに、自分は法眼の位を持つ絵師であることを名のり、大松の絵をかきあげるまでとめてもらいたいとたのみました。
「あれは、この村のじまんの松でのう。ぜひとも、りっぱにかきあげてくだされ。法眼さんなら、さぞ見ごたえのある絵にしてくださるじゃろう」
 法眼さんは、さっそく松の前にやって来ました。
 からかさを広げたような大きな枝ぶり。大人が三、四人でかかえるほどの太い幹。 あちらからながめ、こちらからながめしているうちに、大きな夕日がしずみかけました。松は法眼さんにいどむように、夕空いっぱいに影絵になって枝を広げていました。
「うーん」と言ったきり、手がつけられないまま寺に帰りました。
 あくる朝、日がのぼるのを待ちかねて、松のながめの良い所にすわりこみました。しかし、その日もかけませんでした。
 おしょうさんから法眼さんの話を聞いた村の人たちが、代わるがわるやって来ます。「法眼さん、大松はかけたかえ」
「どんな絵になるか楽しみだなあ」
(今日こそなんとかしなくては)と意気ごんで、あくる日も、またあくる日も、松に向かって筆を取るのですが、気ばかりあせって、思うようにかけません。
 法眼さんは、とうとうおしょうさんや村人に言いました。
「大松がりっぱすぎてどうしても、かけません。こんなことは初めてです。まるで大松が、おまえさんに簡単に絵にされてたまるかって、にらんでいるような気がしてきましてなあ」
「いやあ、それはそれは残念じゃ。さすがの法眼さんのうでも大松にはかなわないということですな」
「お世話になったお礼に、わたしがかいた掛け軸をどうぞ納めてくだされ」
 みごとにかかれた天神さまの絵を見て、みんなびっくりしました。
「こんなじょうずに天神さまの絵をかきなさるのに、なんであの松がかけんだえ」
「おらあ、何としてでもかきあげてほしかったがのう」
「あげん何枚もかいとったのに一枚もかきあげんで、筆を投げ出してしまわれた。こりゃあ、法眼の筆捨て松だわい」
 そばで聞いていたおしょうさんは、村の人に言いました。
「法眼さんみたいにうでのいい絵師でも、思いどおりにかけないこともあるものだ。精いっぱいやってうまくいかなければ、いさぎよくあきらめることもいいではないか」 法眼さんは、大松を絵にすることはできませんでしたが、やるだけのことは十分にやったので悔いはありません。
 みごとな大松に見送られ、ゆっくりと風越の峠をこえて行きました。

  *法眼 ……… 最高の僧位の法印につぐ位で、中世、医師・画工・連歌師など         にさずけられた位。


〔 解 説 〕

 山口から鹿川へ抜ける道を風越峠という。むかしは風越山といい、山越えの難所であった。越えて来た人も、これから越える人にも遠くから目印になり、またその下で、ひと休みしたのが、この話の松の木である。茶店や旅人をすっぽり包む大きさで、傘のように枝を広げていたという。
 現在の国道から山口の集落へ上がる入り口の辺りにあったが、昭和の中ごろ伐採された。大人五、六人が両手を広げてかかえるほどの太さであったという。


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