自分の墓を拝んだ男

 鳥羽熊が常夜灯の前に踏み石を置いてから、十年余りが過ぎました。
「このごろ、鳥羽熊さを見かけんなあ」
「ああ、家の中ばっかりらしいぜ。ちいと前までは、村のお役や、もめ事の時は、すぐ出て来てくれただが」
「さすがの大親分も年には勝てんかのう」
 村人たちは、姿を見せない鳥羽熊のことを心配しました。

 鳥羽熊は、ときどき目をつむって、じっと考え事をしていましたが、ある日、子分たちを呼び集めて言いました。
「おれは自分の墓を建てるぞ」
「親分、縁起でもねえこと言わんでくだせえ」
 子分たちは、じょうだんだと思い、相手にしません。
 鳥羽熊は村の長老に相談してみました。
「そんなピンピンしとって何を言わっしゃる。お墓に入るのはわしが先じゃよ」
 長老にも笑われてしまいました。
 それならと、次は通因寺へ出かけて行きました。おしょうさんは話を聞くと、鳥羽熊をじっと見つめました。
「なぜ、そんなに急いで墓を建てたいのじゃ」
「お、おれは死ぬのが、う……、おそがい。墓を建てれば、あ……、気が楽になるかもしれん」
 鳥羽熊は、うつむいて、ぼそぼそと答えました。
「それに、ええっと、おれは自分の墓を拝んでみてえ。おれが拝めば、子分たちも拝む……」
「ふん、ふん、それから」
 おしょうさんは、鳥羽熊の顔をのぞきこみました。
 鳥羽熊は、きまりが悪そうでしたが、顔を上げ、少し体をそらせて、大きな声で言いました。
「お、おれは、おれの墓が小さなもんじゃ、がまんできねえ。おれの墓は、どっしりと大きなもんでなくちゃならん。だれが見ても、『さすがは天下の鳥羽熊の墓だ』と、ほめてくれるもんでなくちゃならん。おれは、自分の墓が自分に合ったもんかどうか、この目で見ておきてえ」
「わっはっはっは。それでこそ鳥羽熊じゃ」
 おしょうさんは、鳥羽熊のかたをポンポンとたたきました。
「よし、よし。寺の空いている場所に建てるがいい。自分の墓に手を合わせておると、思わぬ長生きができるかもしれんぞ」
 鳥羽熊は、おしょうさんが言われたことを子分たちに話しました。
 今度は、子分たちも反対しませんでした。それどころか、親分のために、寄付を集めて回りました。

 しばらくして、大人の背たけの倍ほどもある、とてつもなく大きな墓ができました。「これでいい。うん、これでいい。これがおれの墓だ」
 鳥羽熊は墓を見上げ、両手を頭の上で合わせて拝みました。


〔 解 説 〕

 鳥羽熊の墓は明治三十六年に建てられた。資金は有志者から集められ、当時の金で百五十円もの大金(家を建てるのに二、三百円の時代)だったという。 鳥羽熊は、その五年後の明治四十一年に亡くなっているが、葬式もまた盛大を極めたといわれている。 なお、現在の墓は、石組みの土台を取り払って低くしたものである。


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