重くなった観音さま

 うららかな春の昼下がり、一人の尼さんが宮迫の方から八幡の峠を登って来ました。長いこと旅を続けているのでしょう、衣は色あせ、あちこちすり切れていました。背中には、大きなつづらを背負い、足を引きずるように一歩一歩登って来ました。
 村の入り口で、尼さんは、畑仕事をしていたおかみさんに声をかけました。
「三ヶ根山へ行くには、どう行ったらいいんどす」
「この道を十町(約一キロメートル)ほど下って、ふたまたになった所を、左の法蓮山の方に行きゃあいいだけど」
 尼さんは、言われたとおりに行きました。道はのぼりになり、尼さんの足どりはますます重くなりました。
「しんどいなあ。ちいっと休んでいこ」
 木の根元につづらを下ろすと、辺りを見わたしました。
「わぁ、海や、海が見える」
 遠くには、おだやかな海が広がり、足元には草花があちこちにさいていました。春の日差しは暖かく、海の方からふいてくる風は、かすかに潮の香りがしました。
「まるで極楽へ来たようやなあ」
 尼さんは、草むらにこしを下ろしました。重いつづらを背負っていたので体じゅうが痛み、足にはまめができ、血がにじんでいました。
「体の弱かったわたしが、ようここまでこられたもんや。これも観音さまのおかげにちがいない。ありがたいことや」
 足をさすりさすり、しばらくの間、景色をながめていましたが、
「いつまで休んでてもきりがない。そろそろ行くことにしよ」
 つづらを背負って立とうとしましたが、どうしたことか持ち上がりません。
「あらら、どないしたんやろ」
 つづらを引っ張ったり、おしたりしてみましたが、ビクともしません。ほとほと困って、その場に立ちつくしていました。

 夕方になって、坂道を下って来る人がいました。山仕事を終えた惣兵衛さんです。「尼さん、ここらじゃ見かけんお人じゃが、何をしといでるだね」
「三ヶ根山へ行こう思ってますんやが、ここで急につづらが重うなって、なんぎしとります」
「どれどれ、わしがさげてみいか」
 惣兵衛さんは、丸太のような両うででつづらをつかみ、力いっぱい持ち上げました。「それ、ウーン、ウーン」
 つづらは持ち上がりません。今度は、二人でやってみましたが、やっぱりつづらは持ち上がりません。
「いったい、何が入っとるだね」
「観音さまです。旅の無事をお願いして、京からずっといっしょに旅させてもろうてますんや」
 そのうち、一人、二人と村人が集まって来ました。代わるがわる持ち上げてみましたが、つづらは動きません。
「尼さん、こりゃあ無理だぜ。暗くなってきたし、今日のところは、村でとまることにしちゃあどうだね」
「そうどすなあ……。ほな、そうさせてもらいまひょか」
 言ったとたん、つづらを持ち上げようとしていた村人が「ドスーン」と、しりもちをつきました。
「おお、いてえ!このつづら、急に軽くなったぜ。ほれ」
 みんなの前で、軽がると持ち上げて見せました。
「みょうだなあ、尼さんが村にとまると言ったら急に軽くなったぜ」
「観音さまは、尼さんをここに止めておきたかったんじゃねえのか」
 村人たちは、尼さんのつかれ果てた様子を見て、これ以上旅を続けるのは気の毒に思いました。
「尼さん、観音さまとここに住みなさったらどうだえ」
「そうしなせえ。ここはいい所だぜ」
 尼さんは、少し考えていましたが、(これも、観音さまのおぼしめしかもしれない)と思い、この村に住まわせてもらうことにしました。

 法蓮山のふもとに庵を建て、観音さまをお祭りしました。
 尼さんは、村人にしたわれ、大切にされました。
「毎日ありがたいことや。観音さまは、こうなることが最初っからわかってはったんやろか」
 観音さまを拝みながら、尼さんは思うのでした。

  *つづら ……… つづら藤で編んでつくった衣服などを入れるかご。


〔 解 説 〕

 法蓮山は、見影山の裏に続く峰であるが、この話の庵の跡は残念ながら確認できない。しかし、庵の跡らしき所から出たといわれる須恵器の壺が資料館に保管されている。
 観音像は、高さ三十センチほどの木彫りの立像で、繊細な彫刻に金箔がほどこされている。室町時代のものとされているが、今は八幡の明正寺に安置され、町の指定文化財になっている。


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