立 岩

 寺部村に安吉という石工がいました。仕事仲間の内でも、安吉のうで前はとびぬけており、みんなから「安吉名人」とあがめられていました。
 うで前だけでなく、酒が好きで、その強いことも評判でした。一晩飲み明かしても、翌朝はしゃんとして仕事に出かけました。
 そんな安吉にも、心配な事がありました。
 働き者で、じょうぶがとりえのおかみさんがねこんでしまい、医者にみせても、何の病気かさっぱりわかりません。
 自分ではどうしてやることもできず、困った安吉は、願かけを決心しました。
「おら、命の次に大事な酒をたつ、だから、おっかあを治してくだせえ」
 太山寺の薬師如来さまの前で、毎晩手を合わせました。安吉にとって、この酒だちは、大変つらいものでした。

 夏のある晩、安吉はふた月がかりの大仕事が終わり、その祝いの席に出かけました。 仲間にすすめられるまま、ほんのちょっとだけと気を許し、ついつい飲み過ぎてしまいました。
 「ういィ、いい気持ちじゃ。ふん、願かけ?なあに、だまってりゃ、わかりゃせんわい」
 上きげんな安吉は、ちょうちん片手に暗い夜道をふらふら歩いていました。やっとのこと、須佐之男社の前にさしかかった時、目の前に真っ白な大きな岩がうかび上がりました。安吉は引き寄せられるように岩の前に立ち止まりました。
「おお、これはこれは立岩さま。おまえさんはりっぱよ。だがな、おれさまはもっとりっぱじゃ。どうだ、おれとおまえと勝負しようじゃないか。じゃあ、あしたな」
 大声でわめきながら、家へ帰って行きました。

 あくる朝、石工道具をかついで、安吉が立岩の所へやって来ました。
(精こんかけて、薬師如来さまをほりこむんだ。そうすりゃ、おっかあの病気もきっと治る)
 心に決めて、じっと岩の前でうで組みしていました。のみとつちを取り出し、岩の面を軽くたたきます。硬い!つちをはね返す手ごたえに全身がピリッと張りつめます。 カチン、カチン。のみを当てると、「キーン」とはね返ります。再び、つちを頭からふりおろすと、「カーン」
 全く安吉ののみを寄せつけません。
「こんなばかな。エイ、エイッ」
 顔が真っ赤になり、指先はじんじんします。それでものみは少しもくいこみません。(なぜだ。おれさまのうでにかかれば、どんな石でも思うように細工できたのに)
 自分の技でほれないことはなく、石工の意地にかけてもほりこもうと、のみとつちをふるい続けました。
 が、やっぱりだめでした。
 安吉は道具を投げ出し、とぼとぼと太山寺へやって来ました。
「もう、だめだ。石工のうでも、おっかあのことも……」
 大きななみだをぼろぼろこぼして、男泣きに泣きました。
「おらあ、思い上がっとった。それに酒だちも破った。許してくだせえ」
 薬師如来の前で、自分にいい聞かせるように、何度も何度もあやまりました。

 我に返った安吉は、急におかみさんのことが心配になり、帰ろうと思いました。道具を取りにもどった安吉は、立岩の前で、目を見張りました。
 白い岩肌に、お薬師さまがうかび上がっているではありませんか。
 不思議なことに、そのお姿は、安吉がほりこもうとした薬師如来さま、そのものでした。
 安吉は明るい気持ちになって、おかみさんの待つ家へ急ぎました。


〔 解 説 〕

 寺部の須佐之男社へ渡る天王橋から二十メートルほど川下に、花崗岩が露出している。川床から道までの一枚岩が、法面となってそそり立っているので立岩と呼ばれた。
 石工が目をつける岩であったが、だれも砕くことができなかったという。
 太山寺の薬師如来のご威光のかかった岩とされ、仏神三宝詣の身を清める場ともいわれていた。


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