海から来た観音さま

 崎山に源太郎という漁師が住んでいました。
 病気がちのおっかさんの世話をしながら、漁に出ていました。薬を買うことができず、その日にとれた魚の一番うまいものを食べさせてあげるのが、精いっぱいのことでした。
 空は晴れわたり、海もおだやかな日でした。源太郎はいつものように海へ出かけました。
「ああ、いい天気だ。このぶんなら魚もたんととれるぞ。この辺であみを打ってみるか」
 ところがどうしたことか、何度あみを打っても、小魚一ぴきかかりません。こんなことは初めてです。
「これじゃ、おっかさんに食わせるもんがねえ」
 困った源太郎は、思いきって場所をかえようと、どんどん舟をこぎました。気がつくと、今まで来たこともないほど遠くへ出ていました。そこは海の水がかがやくような緑色をしていました。
「こんなとこに魚がおるはずがねえな」
 つぶやきながら、源太郎が引き返そうとした時です。
 海がにわかに明るくなりました。それはまるで、お日さまが海の底から生まれてくるようでした。
 源太郎は、思わずあみを手にして、その明るい所をめがけて投げました。
 あみを引くと手ごたえがあります。
(ひょっとすると大漁かもしれんぞ)
 しかし、いくら力をいれても、あみが重くてなかなか上げることができません。やっとの思いで舟の中へ引き上げた源太郎は、大声をあげました。
「おおっ、これは!」
 それはかがやくような観音さまでした。
 源太郎は大急ぎで家にもどりました。
「おっかあ、おっかあ。これ、見ておくれ。魚のかわりに観音さんが上がっておいでたぜ」
「何とやさしいお顔でねえか。源太郎や、ありがたいことだなあ」
 魚はとれませんでしたが、おっかさんはとても喜びました。そして、二人は観音さまをていねいに拝んで、仏壇のそばに置きました。

 その夜、ねている源太郎の耳に、どこからか自分を呼ぶ声が聞こえてきました。
「源太郎、源太郎、わたしはおまえが海から引き上げてくれた観音じゃ。わたしはこの地へ来たかった、礼を言うぞ。今までは海の底を守っていたが、これからは崎山の村を守っていきたい。苦しいことや、つらいことがあれば、わたしを拝むがよい。まずは、日ごろの孝行により、明日は大漁にしてしんぜよう」
 あくる朝、目が覚めると、
「ああ、不思議な夢を見た。夢でもいい、今日は魚がたんととれんかなあ」
 そう思いながら漁に出た源太郎は、びっくりぎょうてん。最初に打ったあみが、魚でいっぱいになったのです。
「こ、こりゃあ!観音さんが言ったとおりだ」
 家に帰ると、さっそく観音さまを拝みました。朝も起きるとすぐに拝みました。
 すると、次の日も、また次の日も、大漁が続きました。
 おかげで、毎日おいしい魚を食べて、おっかさんはすっかり元気になりました。
 おどろいた源太郎は、観音さまの不思議なお力を漁師仲間に話しました。浜の衆は、我もわれもと大漁を願ってお参りするようになりました。
 村人は、これからも長く観音さまに崎山を守ってもらえるよう、村で一番景色のいい所にお堂を建てました。


〔 解 説 〕

 崎山は、幡豆町の西南端に当たる地域で、集落が海からせり上がった丘陵地にあるため、田畑は少なく、むかしから漁師どころとして知られている。
 この話は、江戸時代の元禄年間のことであるが、それ以来、観音堂として漁師たちの信仰を集めてきた。戦後、崎山教会と改められたが、人びとは今も観音堂と呼んで、毎月十八日にはお参りする姿がある。
 海から引き上げられたという仏像は、高さわずか三十センチ余りの、木彫りの観世音菩薩立像である。


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