よめさがし

 このお話は、おばあちゃんのそのまたおばあちゃんから、聞いたお話です。
 むかし、山に囲まれた鳥羽の村に、清助という若者がおりました。
 二十才になり、そろそろよめさがしをしようと、母親があちこちに「いい娘がおったら世話しておくれ」とたのんでいました。
 秋の収穫が過ぎたころ、親せきの人が、清助の家にやって来ました。
「良吉さの二番目のむすめはどうだえ。姉ごがよめに行ってから三年になるし、下のむすめを出してもいいようなことを言っとったが……」
「いっぺん、うちのむすこと会ってもらえるか、聞いとくれんかね」
 ところが、良吉のむすめは、幼なじみの光代から清助のことを聞いていました。
「おとっつぁん、この話は、何としても断っておくれよ。さるみてえな顔だと、光ちゃんが笑っとったもん」
 村のむすめの間では、清助はどこへ行っても縁談がまとまらないと、うわさになっていました。
「みんな会いもせんで断るこたあねえ。こうなったら、村のむすめがびっくりするようなべっぴんをよめにしてみせるぞ」
「この辺じゃあかんで、よその村で探してみるかや」
 父親も相づちを打ってから、思い出したように言いました。
「ほおいやあ、べっぴんを探すなら都に限ると、宗助さが言っとったなあ。遠いでえれえことだが、思いきって京まで行ってみたらどうだ」
 清助も都に行けば何とかなるだろうと決心しました。
「気いつけて行けよ、いいむすめがいたら心をつくしてみろや。きっとうまくいくでなあ」
 母親はむすこをはげまして、にぎり飯をいっぱい持たせました。

 京の都は、うわさどおりきらびやかで、どこを歩いてもにぎやかでした。
 店が建ち並び、大通りがいくつもあります。
 とにかく、若いむすめがたくさんいそうな所を、きょろきょろしながら歩いていると、商人らしい人とすれちがいました。
「ちょっと、この辺りは何という所かのう」
「へい、かがみやいう所ですわ」
「かかみやか、さすが都だ。かかあを見る所まであるとは、おどけたもんだ」
 聞きなれない京言葉を、かかあを見る所だと思って、うきうきしながら通りの店をかたっぱしから見て回りました。
 十けんほど回った所でふと先を見ると、きれいなむすめが二、三人連れ立っては店に入って行きました。
 ここぞとばかりに、さっそく店の前にかけ寄りました。
 すると、「×、×××」と何やら漢字で書いてある看板がありました。
(こりゃ、何と読むのかわからん。店の人に聞いてみるか)
 店先にいた女の人は、「ことしゃみせんどす」と言ったかと思うと、おくへ入ってしまいました。
「えっ、何てこった!せっかく京まで来たのに、今年ゃ見せんだって」

 清助は、そのまますごすごと、村へ帰って来ました。
「おい、京のむすめごはどうだった」
「気に入ったむすめがおらんかったのかえ」
 代わるがわる様子をきく両親に、清助は京でのでき事を話しました。

 しばらくして、この話があちこちに伝わりました。
 そして、都にくわしい宗助さんが、その話を聞いて大笑いしました。
「京の都に、かかあを見る所なんてありゃせんぞ。それは『鏡屋』という所の名だ。それに、『今年ゃ見せん』じゃなくて、京のおなごたちが習う『琴、三味線』のけいこ場だったにちげえねえ」
 これを聞いて、清助はとんだかんちがいをしたものだと真っ赤な顔で、ポリポリ頭をかきました。


〔 解 説 〕

 むかしは結婚する年齢も早く、女性が十七、八歳ごろ、男性が二十二、三歳ごろになると相手を探し始めた。
「おたいこもち」といって、あちこちへ出かけて、縁談をまとめる人がいるが、そうでない場合は、男性の親が弁当持ちでほうぼうへ行って、よめさがしをした。
 この話はどこにでもありそうな話で、笑い話として伝えられてきたものだろう。
 都へのあこがれと田舎者の苦い思いが下地となって、冬は火鉢を囲んで、夏は縁台で涼みながら、おもしろおかしく語り伝えられてきたむかしを、垣間見るようでもある。


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